2.6.17

トマス・ピンチョン『ヴァインランド』

池澤夏樹個人編集世界文学全集収録。
佐藤良明訳。すばらしい翻訳だった。

ピンチョンが作品の軸に据える二項対立は、生き生きとして面白い。
厖大な細部が休む間もなく繰り出され、
世界の動態そのものを写し取ったかのようなリアリズムが現前するからなのか。
あるいは、その二項対立のリフレインがあちこちの瞬間や位相で見出だされ、
まさか自分が深読みしすぎの陰謀論者ではないかと錯覚させられるからなのか。

『ヴァインランド』の二項対立はヒッピーと体制。
『V.』における街路と温室という主題の変奏曲でもある。
が、プロフェインにあたるゾイドはさほど主人公格でもないし、
その元妻フレネシは組合活動家の血筋で反体制運動に身を投じているにもかかわらず、
制服フェチで体制に通じてしまっているという両義性。
いわゆる"当局"を人格化したようなブロック・ヴォンドは、
肥大した性的コンプレックスに突き動かされ、
その点でヒッピー的な放埓さと、LSDのカラフルな幻覚とも近しい。
そして、フロンティアにおいて発達したはずの映画産業が、
レーガンという赤狩り協力者上がりの大統領を産んだという矛盾とともに、
カウンターカルチャーが奇しくも次世代の閉塞へ繋がってゆく時代の空気を映す。

あちこちに二項対立がありつつも同時に両義的であり、
その信用ならなさがどうも現代と通じるところがある。

だが、個人的には読んでいて少し物足りなかった。
重要な脇役がみな作り込まれている割りに深みがない気がしたし、
ストーリーが強引でリニアな感じが否めなかった。
物語の舞台が大きく揺らぐようなことはなく、
ざっと散りばめられて賑やかに終わった読後感だった。
それが60年代というものだったのかもしれないが。