今尾恵介『地図で読む 戦争の時代 描かれた日本、描かれなかった日本』
都市を焼け野原と化しめた空襲はもちろんのこと、戦時改描、不要不急線、建物疎開、軍事施設の戦後利用など、
ある程度の知識はあった。
が、地図が実際に証拠づけている様子が解説されるのは、
上意下達と現場の当時のせめぎ合いが浮かんでくるようでもあった。
また、朝鮮、台湾、満洲といった“外地”の地図では、
租界や出自ごとの地割といった大日本帝国の論理や、
移住者の郷愁の滲む都道府県名の字名など、
日本人によって遠慮なく振りかざされた痕が露骨に残っていて、
日本人の気質が気恥ずかしいほどよくわかる気がした。
著者の文章は直截で澱みなく、読み物としてもスラスラ読めて面白い。
山口創『子育てに効くマインドフルネス 親が変わり、子どもも変わる』
光文社新書ということで手に取って読んだが、スピリチュアル系の香りが立つ。
目の前で起きている問題を客観視し整理するには役立つかもしれないが、
どうコミットするのかは考慮の外に置いている。
気の持ちようとしての参考にはなるかもしれなかった。
高橋惠子『子育ての知恵 幼児のための心理学』
岩波新書。タイトルのとおり、子育ての折々で参照したいような一冊だった。
ボウルビィの「愛着」概念と社会での誤った受容は、勉強になった。
幼児の人間関係の多重性については、
やはり子どもも人間であり、社会的存在なのだ、と感心し、
親権を振るうべき対象ではなく個として尊重するべき、という
当たり前のことを改めて実感した。
「あなたの子どもは、あなたの子どもではありません」という
デンマークの標語が紹介されていて、
その人権意識はまったく日本に欠けるものだ。
「母親が一番」といった根強い母親神話や、
「三つ子の魂百まで」という俗説まで、
科学的な知見を以て冷静に分析し、断じている。
これこそ社会や政治への科学の面目躍如、と読んでいて痛快だった。
中村隆英『日本の経済統制 戦時・戦後の経験と教訓』
『古川ロッパ昭和日記』を読み進める上で、戦時中の経済体制について知りたくなり、読んだ。
金本位体制での国際収支の均衡という制約のなかで、
軍備拡大のために経済統制をする、というポスト大正期のイデオロギーが、
いかにして机上で練られたあげく陸海軍省の権威とともに実現され、
民需を圧迫して破滅していったか。
裏から、石原莞爾の「世界最終戦論」と、米国不参戦と、
根拠のない前提が雰囲気的に蔓延していた、という思考停止状況も手伝う。
経済統制は画一的で徹底的であり、その描写は笑ってしまうほどだ。
先祖の身に起きた災難を笑うのは、哀しむべきことだが。
米の配給制度が初めて貧農層にも米食を行き渡らせたことは知らなかった。
また、戦前の組合運動が産業報国会という労使協同の談合組織として
事業所ごとに組織され、それが戦後に労働組合となったとも、知らなかった。
戦後の重工業化や食管法など、戦時中の名残の制度は知っていたが、
管理通貨制度や指定金融機関制度、下請け制度、
年功序列や終身雇傭もそうとなれば、
経済という有機体が戦争を経ようともいかに連続した営みであるか、
改めて驚かされる。
話はそれるが、読んでいて感じたことは、
官僚というのは優秀な集団だとしても所詮は権力の両腕でしかなくて、
善行も愚行もとにかく精密に遂行する連中でしかない、ということ。
もちろん、官僚機構は行政を執り行ういわば歯車であって、
議論や内部監査といった思考をする場ではないので、当然といえば当然だが。
ちくま学芸文庫。
もとは、石油二法へのアクチュアルな問いとして、
1974年に日経新書として刊行されたもの。
巻末には資料として、
国家総動員法の条文や、経済新体制確立要綱などが付録されている。
およそ半世紀前、高度経済成長末期の日本人は働くサルのイメージだが、
新書がこれほどの知識の厚みのある書物を以て世に問うとは。