22.6.11

塚本邦雄『西行百首』

北面武士・佐藤義清として鳥羽院の覚えめでたい青年期、
待賢門院璋子との失恋を経て出家、
その後は熊野や高野山、伊勢二見など庵を点々として修行、
奥州藤原氏への勧進などを経て、春の望月のころに死んだ西行の、
朴訥とした、あるいは新古今歌人らしい技巧光る歌の数々。

百首には塚本邦雄のいう「歌屑」も含まれているが、
乱世下の生き様を照らせば透ける西行らしさを
そのまま愛でる態度を厭う節もわかる。
逆に、それだけ西行の歌には荒っぽさとむらがあるし、
秀歌ははっとするような鋭利さに輝く。

気に入った歌としては、「鴫立つ澤の秋の夕暮れ」を筆頭に有名どころ、
 ほととぎす深き峯より出でにけり外山の裾にこゑの落ちくる
 きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか聲の遠ざかりゆく
 津の國の難波の春は夢なれや葦の枯葉に風わたるなり

 古畑のそばの立つ木にゐる鳩の友呼ぶ聲のすごき夕暮
はすさまじい。古畑、そのそばの一本木、独りとまった鳩、と
寂しい視界が狭まったすえに、夕暮れに映える凄まじい鳴き声が響く。
情景そのものも色合いのコントラストがあるし、何より聴覚に訴える。

 月冱ゆる明石の瀬戸に風吹けば氷の上にたたむ白波
は、夜ながらも「明し」(明石の掛詞)月のために、
氷も、その上に寄せる白波も、冴え冴えと寒い。そんな夜の海岸が思い浮かぶ。

他にも、
 おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風
 見しままに姿も影も変わらねば月ぞ都の形見なりける
 吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらむ
 ほととぎす聞かで明けぬと告げがほに待たれぬ鶏の音ぞきこゆなる

要は、どの歌も自分の心象風景なのだ。
だからこそ、私小説に似た執念深い吐露が、時には技巧的に、時には朴訥と出る。
その情景が切実さとリアルさをもつとき、歌が冴え渡る。
玉石混淆というのはそういうことなのだろう。

16.6.11

尾崎翠『第七官界彷徨』

作品は円環的。
登場人物がみな親類で似通っていて、
部屋は決まっていても定位置なくふらふらする。
赤い縮れ毛もネクタイも栗も、ひとたび登場して打ち棄てられることがない。
作者のあとがきによれば、作品の頭と尾が噛む構成となるはずだったとのこと。

古さに穴の空いた天井を見上げていると井戸を覗く心地が語られる。
主人公は小野町子だが、別の登場人物から別の一人を覗いても、
同じようにぐるぐると円環的に物語を彷徨できそうな気がする。
この閉ざされた不可思議な空間を、作品の空気としてたゆたう心地が、
第七官界彷徨なのかもしれない。

不思議だ。過去に読んだことくらいありそうなほど、この空気感は心地よい。
それなのに実際は、かつて読んだことのない仕立てだ。
そう感じた。

10.6.11

津波から二ヶ月、福島の状況は?(ル・モンド記事の邦訳)

フランス紙Le Monde電子版の« Deux mois après le tsunami, quelle est la situation à Fukushima ? »をざっと邦訳した。2011年5月12日発表、20日修正の記事なので古いが、速報というより統括の記事であるため、専門家の発言が今後のために有用か。原文は次のURLから。

http://www.lemonde.fr/planete/article/2011/05/12/deux-mois-apres-le-tsunami-quelle-est-la-situation-a-fukushima_1520421_3244.html

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津波から二ヶ月、福島の状況は?

発表の重要性は危機の大きさに釣りあう──菅直人は5月10日火曜日、核の惨事が終わりを迎えないかぎり、福島第一発電所首相としての報酬を受け取らないと宣言した。

3月11日のマグニチュード9の地震と大津波から2ヶ月、仙台地域の現状は平常にはほど遠い。当地への電力供給会社である東京電力は、原子炉を"停止冷却"状態に戻すには今から2012年1月までかかるとしており、フランスの核専門家は、燃料冷却の操作にはさらにかかるとみている。

「発電所を制御下に起き、周囲への放射能飛散がないと保証できるまで、少なくとも1年かかる」と、放射能保護・各安全研究所(IRSN、フランスの機関)の安全性担当主任ティエリ・シャルルは推定する。「従業員は設備内での[放射能]増加にしたがってますます被害が明らかになり続けるだろう」

※au fur et à mesure de…〜につれて次第に


 冷却の永続

今のところ、4つの初期型の原子炉の燃料を冷却するという作業が優先される状況は、2ヶ月前と変わっていない。「現在、炉心とプールの温度を下げるために毎時6〜10立方メートルで真水を注入しているのは、間に合わせのポンプとタンクローリーだ」とティエリ・シャルルは説明する。「目標は、恒常的に安定して機能する冷却システムに入れ替えること。それにより、原子炉から出る水を冷やすことができ、炉心に直接に再注入できる。それにより、作業員は燃料外部の汚染水から逃げなくてすむようになる」

※名詞の前のpremier複数形は「初期の」。
 de fortune…仮の
 eau douce…真水

というのも今日、炉心へ注入されている水は、蒸発するほかにも、一部が設備内に漏れ出ている。結論としては、90,000トンの高放射性の水が土地の各所にとどまっており、絶えずくみ上げなければならない。途方もなく、とうてい長くは続けられない仕事である。

日曜日[=5月8日あるいは15日と思われる]、十人程度の技術者が福島第一原発の原子炉の建屋に入ることに成功し、新しい冷却システムの設置を準備した。日本の報道によれば、作業はこれより3週間から一ヶ月で完了するよう期待される。


 飛散リスク軽減のために

同時に、東京電力は別の脅威を脱した。炉心のうち1つの爆発の可能性である。敷地内を囲い込んでも3月11日以降もはや漏れがあり、気体が原子炉に入り込みうる状態だ。ところが、原子炉もまた、燃料の破壊で生成される水素を含んでいる。二者は、敷地内で相互に作用すれば爆発を惹き起こしうる。

「東京電力は常に原子炉への液体窒素を注入することでそこの気体を充満させ、液体が漏れ出ないよう尽力している」と、ティエリ・シャルルは報告する」


 放射能の飛散を食い止める

ここ数週間で作業は速くなっているが、それは、毎日ますます周辺の放射能が減少しているために作業がやりやすくなっているということだ。3月15日、大気中への放射能飛散がもっともひどく、放射線量は1時間あたり100ミリシーベルト近く達した。こんにち放射線量は100マイクロシーベルト、すなわち1000分の1あたりで上下している。

一つ目の説明。放射能の大部分は、原子炉の爆発で惹き起こされたからには、3月15日から21日の間に飛散した。「4月上旬からは、飛散はほぼ制御されている。燃料が冷やされているため、新たな飛散元はない」と、核工学技術者でありパリ高等技術学校教授のブリュノ・コンビーは説明する。

当地にある放射能はつまり、2ヶ月前に発散されたものだということだ。ところで、大半としては、放出された放射性元素はヨウ素131であり、その半減期は8日間。「今やもうヨウ素はほとんど消滅している。主に残留しているのは半減期30年のセシウム137だが、放射性ははるかに弱い」と、彼はつけ加える。

※le fait de [que] …〜ということ

一方で、汚染除去作業は当地の放射能を減量させた。200から300の人員がそのために働いていて、放射性物質の固定のため地面に樹脂を流し込む。「彼らはまた徹底的に、原子炉のまわりに広がった高放射性の瓦礫を除去している」とティエリ・シャルルはつけ加える。「彼らは一方では、敷地外部へ放射性の水が流れ出さないよう、土の裂け目を埋めている」。進行中の作業の後ろ盾として、その雇員たちはまた、新たな津波からの城壁のように、高さ2メートルの堤防を築いているところだ。


 「作業は20年に及ぶ」

「少しずつ危機的局面からは脱しているが、依然として状況はあやふやだ」とブリュノ・コンビーは息をつく。なされるべき作業の広がりは実際に著しい。ひとたび新しい冷却システムが稼働すれば、東京電力は燃料の解体に取り組まざるを得ない。ところで、福島第一の敷地には25近い炉心が、つまり2,500トンものウランやプルトニウムが、タンクと燃料プールの間にある。「アメリカではスリーマイル島の事故の際、原子炉1基の破壊された燃料を除去するのに12年かかるとされた。副詞までは、少なくとも4基はダメージを受けているため、作業は最低でも20年に及ぶだろう」とティエリ・シャルルは想定する。

※s'atteler à…(困難な仕事)に取り組む

発電所の近隣地域が汚染されたままでありうる期間も、同程度だ。「放射能の数値がいくら低下したところで、土壌や地下水層、食料は強く汚染されたままになる。敷地から100キロメートル離れていてもだ」と、Criirad(放射能に関する独立の研究・情報の委員会)の主任コリーヌ・カスタニエは力説する。

※nappe phréatique…自由地下水

1986年にチェルノブイリで起きたこととは反対に、日本では最初の放射能飛散の前に8万人近くが避難した。しかしその団体にとって、禁止区域の半径(20km)は不十分だ。「来るべき数年以内に」とコリーヌ・カスタニエは宣言する。「日本国政府が請け合うよりはるかに重大な健康上の結果が出ることを、われわれは恐れている」。