19.1.18

斎藤潤『日本《島旅》紀行』『沖縄・奄美《島旅》紀行』、正岡子規『病牀六尺』、村上春樹『騎士団長殺し』

斎藤潤『日本《島旅》紀行』『沖縄・奄美《島旅》紀行』

筆者は旅ライターという肩書きだが、文章が巧くて読ませる。
描写は短くもキレがあって、旅先の雰囲気や人柄を捉えている。
ときどき挿まれる写真が興ざめなぐらいだ。
だから、旅情がわくというより、楽しい旅の知らせを聞くようだった。

『日本《島旅》紀行』は、利尻島に始まり、
東京都島嶼部や瀬戸内の島々など日本中の島をめぐる。
『沖縄・奄美《島旅》紀行』は、沖縄と奄美の島々だ。
切り口は決まって、その島ならではの雰囲気や暮らし、人との交流だ。
どの島も狭い世界では決してなく、一つの宇宙であって、
豊かな歴史と文化がたくわえられている。
航路ひとつとっても外界とのありようをさまざまに規定するし、
面積や地形や、どの程度の道路や舗装があるかも、決定的だ。
食や伝統や風景だけではない観察眼が、島を富ませる。
旅は、こうありたいものだ。

どちらも光文社新書版をkindleで読んだ。

正岡子規『病牀六尺』

言葉が世界そのものだ、と実感する。
筆者が病床の一室で、苦しい闘病を強いられているにしても、
絵を愉しみ、俳諧を詠み、人と話し、新聞記事について考える、
その営みを時間に流し去るのではなく言葉にするというだけで、
子規の病床は間違いなく賑やかで変化に富んでいた。
思いつくまま句を作ってみるなんて、しかもその句のおかしさよ。
逆に、言葉を喪っては、しわくちゃの老いと病にすぎない。
その決定的な落差に唖然とする。

岩波文庫と青空文庫を併用して読んだ。

村上春樹『騎士団長殺し』

ユーモラスな異形がしばしば登場するからか、
暗闇の洞窟のような試練を抜けるからか、
読後感はいかにも『千と千尋の神隠し』だった。
村上春樹の長篇はどれも多かれ少なかれRPGだ。
主人公が特権的に自らを探究する。

語り口が読者への丁寧な説明を意識する傾向は、いっそう強まっていると思った。
章立ては短く、時系列は参照されても交錯はしない。

2.1.18

手塚治虫『奇子』、田端信太郎『MEDIA MAKERS』、荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』、藤原智美『文は一行目から書かなくていい』

手塚治虫『奇子』

手塚治虫にとって戦後という現代は、
都市と田舎、民主化と封建、カネと正義の対立を抱えた高度経済成長であり、
どこか禍々しく歪んだ過ち、だったに違いない。
その戦後日本の象徴として、主人公はGHQスパイとして戦後に生きて帰り、
朝鮮戦争特需を境にヤクザとして金ピカな生涯を送る。
読後感の裏づけとして、昔に読んだかすかな記憶から浮かんだのが、
『ネオ・ファウスト』『きりひと讃歌』『グリンゴ』だった。

kindle版で読んだ。iPhoneの画面で漫画は読みにくかった。

田端信太郎『MEDIA MAKERS──社会が動く「影響力」の正体』

メディア業界を知り尽くした著者ならではの観点で、面白い内容だった。
特に、消費者の具体的なペルソナを描いているという業界バナシは興味深かった。
ただ、メディアの信頼の担い手が企業・組織から個人へ移行してゆく、
という主張は、やや疑問を抱いた。
結局、メディアが信じるに足りるかどうかは、是々非々だからであり、
企業・組織か個人かという責任の有限無限の違いを、
権威を感じる消費者は、強く意識していないように思われるからだ。

メディア業界の人々の文章はおしなべて似ている、
そういう印象がはっきりしたように思われる。
繰り返し、言い換えが多い。紋切り型で結論を飾る。
よく言えば、噛んで含めるよう。悪く言えば、冗漫。
加えて、小馬鹿にしたような口の悪さや刺々しさがある。
読ませるためにメリハリをつけるためのテクニックが、
瞬間的、刹那的、テレビ的であるように思われる。
言葉が発せられたとたんに萎びる消費メディアの業界の性質ゆえか。
事実や語りという本質を措いていかに惹きつけるか、の世界だからか。

kindle版。元は2012年宣伝会議刊行。

荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』

東日本大震災直後に出回った流言・デマが多く紹介されていて、
twitterによって多くの情報拡散をして(しまって)いた記憶が蘇った。
著者は、情報需要に供給が追いついていない状況が流言・デマを生む一因とし、
流言・デマを一つずつ挙げては公式情報を以て打ち消してゆく。

が、当時、東京電力をはじめとして政府やメディアといった、
大枠の既存制度、権威そのものが、あまりに大きく揺らいでいた。
つまり、公式情報や報道は、流言・デマの火を完全に消しえただろうか。
実際、当時のように報道への疑問は、いまだに我々に蟠っているように思える。

本書は地震発生から2ヶ月後の2011年5月に、反デマの"まとめ"として上梓された。
が、"検証"と題して今なお販売されている以上は、
"正しい公式発表"と"誤った流言・デマ"の二項対立を越えて、
その構造そのものの深層を掘り下げてほしかった。

kindle版。元は光文社新書。

藤原智美『文は一行目から書かなくていい 検索、コピペ時代の文章術』

文章術として網羅的かつ細やかで、良著に思われた。
文章の本質は「ウソ」です。ウソという表現にびっくりした人は、それを演出という言葉に置きかえてみてください。
という書き出しからまず実践的。
具体的な読み手を意識せよという指摘は、
上の『MEDIA MAKER』のペルソナに通じる。

kindle版で、元はプレジデント社刊。