初めより全き気の一致を覚うる人すらなほ後に別る、況んや然らぬ人に於てをや。
というわけで、別れました。
14.7.09
黒沢清『トウキョウソナタ』
本当に黒沢清の映画作品? という大いなる疑問。
我慢して世間の目線に合わせて撮ったような違和感が、
違和感というよりむしろ妥協?を感じてしまったのだけれども。
クロキヨならもっと謎を提起して欲しい。
なんか、中途半端に解けている。これではどうなのか。
我慢して世間の目線に合わせて撮ったような違和感が、
違和感というよりむしろ妥協?を感じてしまったのだけれども。
クロキヨならもっと謎を提起して欲しい。
なんか、中途半端に解けている。これではどうなのか。
12.7.09
鎌倉の名刹を過ぎ海に出る
北鎌倉駅に降りた。
円覚寺へは駅下車徒歩五分とかからない。
その唐様の舎利殿で名高い。
しかし、臨済宗の日本に導入された経緯を鑑みるとむしろ、
唐様をおいて他があり得ないと知れる。
さらには、唐「様」として日本化されるところに、
日本の風土の一般形を感じる。
鎌倉時代・室町時代の新しい大陸との結びつきとして禅宗が機能したことは、
建長寺が明らかに中国の影響を受けた様式であることから、容易に見て取れた。
もう一つの日本の首都だった京都に対抗して
文明の先進性を確保しようという執権の意図は、
後に院政にも踏襲された。
一つ一つの建物、庭園がでかい。敷地も広い。平地の少ない北鎌倉にもかからわず。
これも京都の仏教への対抗心なのだろうか。
扇ガ谷の切り通しを抜け、小寺院の脇を抜けて、横須賀線に平行するように南下。
初め、次に来たときのために帰浜しようと思っていたが、
さほど海までは遠くないらしかったので、さらに南下して由比ケ浜へ。
五時を過ぎても明るい空と海を前に、ゆっくりしようかとも思ったが、
人の多さに辟易して切り上げて、再び鎌倉駅へ。
そこから帰浜。
円覚寺へは駅下車徒歩五分とかからない。
その唐様の舎利殿で名高い。
しかし、臨済宗の日本に導入された経緯を鑑みるとむしろ、
唐様をおいて他があり得ないと知れる。
さらには、唐「様」として日本化されるところに、
日本の風土の一般形を感じる。
鎌倉時代・室町時代の新しい大陸との結びつきとして禅宗が機能したことは、
建長寺が明らかに中国の影響を受けた様式であることから、容易に見て取れた。
もう一つの日本の首都だった京都に対抗して
文明の先進性を確保しようという執権の意図は、
後に院政にも踏襲された。
一つ一つの建物、庭園がでかい。敷地も広い。平地の少ない北鎌倉にもかからわず。
これも京都の仏教への対抗心なのだろうか。
扇ガ谷の切り通しを抜け、小寺院の脇を抜けて、横須賀線に平行するように南下。
初め、次に来たときのために帰浜しようと思っていたが、
さほど海までは遠くないらしかったので、さらに南下して由比ケ浜へ。
五時を過ぎても明るい空と海を前に、ゆっくりしようかとも思ったが、
人の多さに辟易して切り上げて、再び鎌倉駅へ。
そこから帰浜。
5.7.09
毒は吾にとって地の塩
不安なる今日の始まりミキサーの中ずたずたの人参廻る 塚本邦雄
所在ない孤独は不健康に過ぎる。空梅雨の曇り空は気軽な外出をも許さない。
書を捨てることも街に出ることもできず、狭い部屋をうろうろする。
恐ろしいことに、この退屈のなか時間は幾時間も飛び去るのだ。
今日したことに特別なことは何もない。
そういえば、夕、フライパンでおびただしい数の豆鯵を熱した。
木べらで掻き回すと、みなやすやすと破れ、引き千切れた。
さらに無惨に、醤油と味噌を注いでこねくり回した。
魚たちは潰されて泥のようになった。
このおもちゃにされた屍骸を、私は弁当箱に詰める。
明日の昼に玄米とともに饗されるだろう。
残忍? 否、さのみにあらず。
今日、贄と化した鯵とほぼ同数が、冷蔵庫で次回を待っている。
所在ない孤独は不健康に過ぎる。空梅雨の曇り空は気軽な外出をも許さない。
書を捨てることも街に出ることもできず、狭い部屋をうろうろする。
恐ろしいことに、この退屈のなか時間は幾時間も飛び去るのだ。
今日したことに特別なことは何もない。
そういえば、夕、フライパンでおびただしい数の豆鯵を熱した。
木べらで掻き回すと、みなやすやすと破れ、引き千切れた。
さらに無惨に、醤油と味噌を注いでこねくり回した。
魚たちは潰されて泥のようになった。
このおもちゃにされた屍骸を、私は弁当箱に詰める。
明日の昼に玄米とともに饗されるだろう。
残忍? 否、さのみにあらず。
今日、贄と化した鯵とほぼ同数が、冷蔵庫で次回を待っている。
ミシュレ『魔女』
中世、権力と結びついて世界を停滞させたキリスト教から
いかにして科学は萌芽したか。
信仰を司る役割を牛耳った聖職者たちが、
庶民の盲目的な信仰をいかに都合良く切り売りしたか。
ラテン語とロマンス諸語との分離が象徴するような
理論と現実の乖離を放置した結果なのか、
教義、理論、伝承の巨大な複合体と化したために
至るところに聖への落とし穴が開いたためか。
魔女および魔女裁判とは、現代アメリカのパラノイア的病理との
重なりを見出さざるを得なかった。
一つの風潮、一つの世論、一つの判断基準が絶対的に人々に君臨し、
逸脱を許さないまま廻転してゆく。
そして逸脱はほんの些細なところにも適用され、
万人が疑心暗鬼を生じる過程。
逸脱者への恐怖の助長と、基準の厳格化の、無限ループ。
いかにして科学は萌芽したか。
信仰を司る役割を牛耳った聖職者たちが、
庶民の盲目的な信仰をいかに都合良く切り売りしたか。
ラテン語とロマンス諸語との分離が象徴するような
理論と現実の乖離を放置した結果なのか、
教義、理論、伝承の巨大な複合体と化したために
至るところに聖への落とし穴が開いたためか。
魔女および魔女裁判とは、現代アメリカのパラノイア的病理との
重なりを見出さざるを得なかった。
一つの風潮、一つの世論、一つの判断基準が絶対的に人々に君臨し、
逸脱を許さないまま廻転してゆく。
そして逸脱はほんの些細なところにも適用され、
万人が疑心暗鬼を生じる過程。
逸脱者への恐怖の助長と、基準の厳格化の、無限ループ。
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