10.8.11

網野善彦『中世の非人と遊女』

境界的な身分である供御人、犬神人、法師、河原者を含めた広義の非人と、
傀儡、白拍子といった遍歴女性の遊女についてまとめた論集。
内容の重複もあるが、非人や遊女を芸能や清めを担った職能民であったとする
網野善彦の説を読み取るのに、良い書物だった。

終章に古代から近代までを概観している箇所が、社会史的で非常にわかりやすい。
七世紀の朝廷による中央集権国家の確立とその弱体化により、
公地公民制は荘園制へ移行、二官八省は令外官へ権力を譲る。
土地々々の所有者を背景に別当・預を置く請負制の社会になり、
職務遂行が利益を生むという一つの経済社会の原形が現れる。
この官庁請負制度が、中世の「職」の原型である(p.133)。
非人、遊女は検非違使に統括され、つまり天皇や神社に直属して
祓いや清めを職分とした「職能民」である、と網野はいう。

祓いや清め、芸能といった実利のない職能は
十三世紀の南北朝時代の混乱期に衰退し、
驚異の存在から穢れの存在へ変わっていった。
中央政権のさらなる弱体化で、存在根拠たる天皇・神社の威光を失い、
自治都市や「惣」といった結束が境界的存在を徹底的に排除したためだ。
また、銭貨流通による貨幣経済の浸透と二毛作や牛馬使用など農業生産向上により、
呪術の助けより経済的実利を求める社会へ移行した経緯もある(p.275)。

このとき、まだ辺境だった関東以北では、貨幣経済の浸透が遅れ、
よって非人・遊女への差別意識もさほど芽生えなかった。
被差別民が部落・遊郭に固定化されたのは江戸幕府の政策によるが、
これは十三世紀頃からすでに蔑視に晒されていた階層の定住化政策である。
明治以降に被差別部落問題が近畿に根強く残ったのは、
その長い歴史の中でのことと、網野は示唆する。

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