成人した12歳のときから65歳で死ぬまで、木の上で暮らしたコジモの物語。
木の上の生活、移動、仲間、近隣住民との交流、爵位継承、などなどの物語が
まさに物語として語られる。
木の上から世界を見晴るかしたその生き様は、
あらゆる境界を越えて人間へと向かう素朴で暖かい理想主義者として語られる。
木の上に登った日に出会った少女ヴィオーラとの
甘くも容赦のない情熱のぶつかり合い、その果てのすれ違いから、
愛し合いながらも生き別れる運命が語られる簡潔な描写が最も美しかった。
ヴィオーラを失ってからは17世紀末の近代へと物語が進み、
革命や戦争を経て、コジモは年老いてゆく。
物語は時代を描写して展開を見せるが、ヴィオーラの影から逃れられない。
革命前の不穏な空気を代表して、陳情書を、
しかし皆の希望を書く「陳情幸福帳」を残す下りは象徴的だった。
[...]菓子パンのことを書くもの、野菜スープのもの、金髪の女がいいと言うもの、褐色の毛がいいと言うもの、あるいは一日じゅう寝ていたいものがいれば、きのこがあれば一年じゅうでもいいものもいたし、四頭立ての馬車がほしいと言うものもいれば、やぎ一頭で満足なもの、死んだ母にもう一度会いたいものやら、オリンポスの神々を見てみたいものまでいた。要するに、この世のありとあらゆる良いことが、この帳面に書かれたもしくは描かれた(字のかけないものがたくさんいたから)し、それどころか色つきで描かれた。コジモも書きつけた。ヴィオーラという名前を。数年来、いたるところに書きつけている名前だった。
りっぱな帳面ができあがった。コジモはこれを《陳情幸福帳》と名づけた。しかしこれがいっぱいになったとき、持って行く議会なぞどこにもなかったので、そのまま木に紐でぶら下げられたままになった。雨が降ると文字が消えて、腐っていき、そのながめは現在の惨めな暮らしを象徴するようでオンブローザの人たちの心をしめつけ、暴動でも起こしたいという気持ちをみなぎらせるのだった。(p.268-269)
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