4.8.11

今尾恵介『地図で読む戦争の時代』

均一な国土の概念は近代国家の成立要件であって、
その支配と概念普及のため、地図の作成は国家プロジェクトだ。
国土地理院の前身が陸軍参謀本部にあり、
国土の拡大に伴い朝鮮半島、台湾、満州までも測量している事実からも、
その目的の一端は読み取れよう。

そして、現代。日本国とロシアの両邦が主権を主張している北方四島も、
領土であるからには国土地理院が地形図を作成している。
しかし実質的にはロシア領であるため、大正年間の測量の街並が
甘い時代の記憶のようにいまだに残されている現状は、二枚舌を感じさせる。

この事象のように、この本で触れられている"戦争の時代"の幅は広い。
世界中が戦争を経てきたのだから、地図を漁れば戦時中の名残りにぶち当たる。
その広汎な名残りを救い上げて、解説してくれる。
私個人としても地図や路線図を眺めるのが好きだから、
この本を非常に面白く読んだ。

随所に現れるのが第二次大戦中の防諜としての地図改竄だ。
広島の多久野島は毒ガスを生産し、地図から消された島として有名だが、
そのレベルではないにしても地形図の至るところで
「戦時改描」が行われていたとは、初めて知った。
工場が住宅地や空き地などとして書かれ、軍港から等高線の表示が消える。
しかし住民は真実を知っているし、米軍もちゃんと把握して目標を攻撃した。
そして現代に至って、このことを知らない者を額面どおりの誤読へ誘う。

「建物疎開」なるものが行われていたことも知らなかった。
田舎への疎開とは違い、建物疎開は延焼を防ぐため建物を壊して道を拡げること。
そして、それが例えば名古屋の久屋大通になり、
京都の堀川通や御池通を拡げてモータリゼーション対応に役立った。

こういった生活レベルでの多大な犠牲は、意外と我々は知らない。
それを読み取る能力と、その悲しみに共感できる想像力。
作者は両者を多分に持ち合わせた文体で、地図から時勢を掘り起こす。

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