11.2.17

トルストイ『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』、坂口安吾「夜長姫と耳男」「神サマを生んだ人々」「餅のタタリ」、太宰治「駈込み訴え」

レフ・トルストイ『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』

講談社古典新訳文庫版。望月哲男訳。

トルストイが人生とは何かを真っ向から挑んでいるとは知っていても、
かくも現代的でリアリスティックだとは知らなかった。

「イワン・イリイチの死」は、
常に手許に置いておいて拾い読みしても、都度楽しめる気がする。
というのは、病の進行の一瞬一瞬に即した描写と心境が、
あまりに的確であり、言い得て妙であり、
まるでルポルタージュのようだからだろう。

「クロイツェル・ソナタ」は、
剣がコルセットを貫く手触りの描写が、読後の頭にこびりついている。


坂口安吾「夜長姫と耳男」

萩柚月による朗読。

昔語りのような語り口でありながら、
耳男の耳は削ぎ落とされるし、蛇が裂かれるし、
あげくの果てには村人たちが物語背景で死んでゆく。
それでいて、登場人物はみなそれぞれに一つの心理で動き、
内面の葛藤があるわけでもないから、やはり説話だ。
『桜の花の満開の下』の戦慄を思わせる。
あるおそるべき世界のさまを描き出すための小説、
物語としてというよりは、絵物語のような小説。
人がみなどことなくユーモラスなのに、
筋立ての容赦のなさ、読後に感じる背筋の寒々しさ。
安吾らしいなのか、戦後の空気感なのか。
あるいは、近代以前の土着の凄みなのか。

そういえば、安吾には「終戦」ではなく
「敗戦」「焼け野原」の語のほうが似合う。
美化を一切許さず、直視しなければならない視線が。



坂口安吾「神サマを生んだ人々」

萩柚月による朗読。

新興宗教が流行した戦後の時代を感じもするが、
万世一系の宗教から醒め切らない時代への当てこすりか。
地口も登場人物もみな一様に、新興宗教を一笑に付しながら、
興味本位が物語を進めている。
その点、文学がジャーナリスト的な面で押している感じだ。

安福軒という男にスポットが当たって、小説は終わる。
教祖をかつて妾として囲っていた男、
教団の幹部ながらビジネスと割り切っている男だ。
この地に足のついて離れない冷徹な生き様を描く目は、
焼け野原を目のあたりにした視点だと感じてしまう。


坂口安吾「餅のタタリ」

萩柚月による朗読。

何ともバカバカしい話、「風博士」さながらだ。
ただ、もしかすると元ネタがあるかもしれない説話らしさがある。
いや、あるとすれば、現代という村社会か。


太宰治「駈込み訴え」

西村俊彦による朗読。

イエスへのひたむきな愛とその報われなさを、
イスカリオテのユダが独り語りに訴える。
神への愛でも隣人愛でもなくイエスへの愛に満ちるがために、
弟子でありながらイエスから遠ざけられ、妬みでイエスを売る、
そのズレが走らせる物語の運びは、
マルタの妹マリアの話や、最後の晩餐の話へうまく結びついていて、
さながらユダという男の新釈だった。

その鬼気迫る独り語りは、朗読ということもあって、凄かった。

0 件のコメント: