『TOKYO!』という映画、観てはいないがおそらく、
TokyoをParisの巨大版だと勘違いした映画だ。
東京は、もっと無秩序で、一つの有機物で、
大友克洋『AKIRA』で描かれるネオ・トーキョーは
東京湾に浮かぶ不気味な臓器のようだが、
現実の東京はまさにそうだ。
それは巨大になりすぎて黒々したものを吐き出しながら
まだ喰うのをやめない顔ナシ。
実際、埼玉県の中心は池袋にあり、
横浜と川崎の田園都市線沿線部は渋谷が統べ、
そもそも横浜は明治に拵えられた、江戸と日本の要港機能でしかない。
浸食はいや増し、茨城にも栃木にも山梨にも都民は増殖する。
そして、県民を「千葉原人」などと蔑むことで
地方色の欠落を特長のように見せ、人をおびき寄せる。
皇居が東京の抱えるvideなら、東京は日本の抱えるブラックホールだ。
アメリカの湯水のような消費によって成り立ってきた
マネーゲーム経済がサブプライムローン問題によって破綻しても、
当のアメリカを笑うことはできない。
アメリカとは世界の消費を担う首都、東京とは日本の消費を担う首都。
もっとも東京には、一極集中による税収入独占というカラクリがあるから
破綻せずに不気味に膨張し続ける。
夢から醒めるのはいつになるのか?
すでに気息奄々の地方がとうとう破綻するとき?
(注)これは、東京批判ではなくて映画批評です。
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