頭の中で村上の文学性にけりをつけられていないため、
ジョージ・オーウェルを意識した明らさまなタイトルも手伝い、
手に取ることを敬遠していた本新作。
いざ読み始めると、二三日で一気に読んでしまった。
これは純粋に面白い小説だった。
外枠には確かに『1984』があるかもしれない、
しかしその世界の有り様への疑問のおこりは、
むしろ『競売ナンバー49の叫び』を思わせたし、
カルト宗教への問題意識は、同作者のノンフィクションの
『アンダーグラウンド』を素地に見出せた。
チェーホフ、フレイザー、マクルーハン、その他さまざまな引用を
小道具として入れ込んじゃうあたり、巧い。
もはや、初期の村上春樹と同一人物なのかもわからない。
もっとも、こういう手合いの「解説」って、
何の面白みもないから、もうやめる。
でも、この作品は非常に面白いし、
バブル前、最後の輝きを誇った日本経済の裏で
誰も気づかないうちに進行した精神的な問題を
いくつか問いかけているように感じてならない。
特に、ビッグ・ブラザーに対するリトル・ピープルは、
現代では匿名な多数の何がディストピアを生むのかという
鋭い指摘になっている。
それは匿名性に覆われた情報化社会か? メディアなのか?
あるいは、メディアを批判しようともその代替案を提示できずに
何に判断材料を求めればよいかわからずに保守に迷走するネット右翼?
あるいはその帰結がたまたま逆になったネット左翼?
ネタの尽きない面白い作品だった。
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