イシグロの回想的な文体には一つの明確なテーマに沿って組み立てられた語りと、
もう若くない語り手の静謐さがある、そう思っていた。
そうした先入観があったから、読み始めて違和感があった。
まず、テーマがなかなか見えてこない。漠然と道筋の定まらない感覚があった。
まず、イギリスの田舎の現在と、回想される長崎の保守色の落差だし、
主人公の悦子に対する、佐知子の圧倒的な立ち位置の違いにもなる。
会話では共鳴のない不協和音も痛く響く。
だが途中から、かなり大きな物語を包んで、種々の対比から一本の筋道が見えてくる。
どう幸せになるか、自分の意思を貫くか、というテーマが。
それが現実や絆のしがらみでもがく、物語全体を包む暗さが、回想にしては重かった。
作家カズオ・イシグロは石黒一雄ではない。
だがこの暗さ、敗戦後の長崎の時代の空気と風潮、
この、どうしようもないまま日本的と結局呼ぶものの描写が、
とても日本文学の一作品に思われた。
おそらくこの小説の描写するテーマが描かれる時代を下れば、
そのまま『円陣を組む女たち』になるだろう。
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