2.3.11

井上ひさし『一週間』

500ページ超の長篇、しかも井上ひさしの最期の作品。
言葉遊びも豊潤、読みやすくて、一週間もかからなかった。
章だてごとに、前章までの内容をわずかに復習するあたり、
「小説新潮」連載のまま手直しできずに亡くなったためだろう。
他、日本人の堪能なロシア人がぞろぞろ出てくるといった設定を除けば、
舞台装置もストーリーも面白いし、飽きさせない。
何より、背景や設定のために一時代の新聞を全部読んでしまうほど周到だから、
仕入れた智識はぶちまけんばかりにつぎ込まれている。
そのなかには知るところや知らなかったことが多々あって、
個人的には、それも興味深かった。

井上ひさしには、東北大経済学部での講演会で拝見したことがある。
魯迅の話を即興で(!)されていて、
『吉里吉里人』を読んだ中学生の頃から感じていた博識の印象を強めた。
『一週間』にも魯迅がちょっとだけ出てくる。
太平洋戦争でのぼろぼろの敗戦の原因を
無脳そのものと化した当時の日本の指導者に帰するのは、
『戦艦大和の最期』の吉田満から伊東乾まで幅広いが、
井上ひさしの場合はそれに加えて、特権階級や悪政への糾弾と、
民衆への暖かいまなざしがたっぷりと加わる。
そして、シベリア抑留を描きつつもコミカルな文体。
この文体だからこそ、井上ひさしらしく毅然と論壇に立てたんだろう。
あらためて、合掌。

シベリア抑留の際に(日本人将校による)関東軍が(日本人)捕虜に
収容所内圧政を強いていたこと、これは知らなかった。
井上ひさしだから誇張はあるかもしれないが、
こうも大胆に持ち出せる設定とは思えない。
鍵となるレーニンの手紙に書かれた秘密だって事実なのだし。
満州国のソ連軍占拠時、ゴリゴリの天皇主義者が掌を返したように
共産主義者になったという変わり身の早さは、よく聞くところだ。

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