9.5.10

鹿島田真希『六〇〇〇度の愛』

『モデラート・カンタービレ』を下敷きにしたような構成と思ったが、
それは表面の一部だった。
原爆に生を奪われた長崎を自らの死場所と重ねた郊外の主婦の物語。
その再生の過程が、現在形で語られる物語を含めたいくつもの譬喩を経る。
アメリカ映画のハッピーエンドとは違う、心底からの再生だ。
短い文章、濃い独白と洞察に支えられた、素晴らしい作品だった。

青年がアダムに、そして(皮膚炎から)ヨブに比せられ、
さらに娼婦ソーニャに、生を奪われた長崎に、比せられる。
女にとっての兄が、解し難い。

キリスト教・ロシア正教に非常に共感を示しつつ反論を暗示しているような気が、
非常に淡く、そして不確実ながら、感じられた。
でもそれは、なんというか、反動を内包しない世界観があり得ないからなのか、
そんな一般論ではなく何か深い意味があるのか、よくわからない。
ただ、そう感じたメモとして、記しておく。

8.5.10

アルモドバル『トーク・トゥ・ハー』、オゾン『スイミング・プール』

・ペドロ・アルモドバル『トーク・トゥ・ハー』

昏睡状態に陥った女と、それに語りかける男、の男女が二組。
ベニグノのひた向きさと愚かしさが分ち難くて、それがまた胸を打つ。
にしても、アルモドバルの映す女性は綺麗で、思わず嘆息する。


・フランソワ・オゾン『スイミング・プール』

プール、性衝動、本、家族関係、…。
筋がありすぎて摑みどころがない感じ。
サラとジュリ、どちらも典型的なイギリス人と南仏人の様式、が、
お互いに惹かれあって交錯しているのか。
推理小説家サラの側にある虚構が、ジュリを通して現実にも溶けてきている、
そんなふうな謎の多い作品だった。面白かった。

6.5.10

アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』、ダニー・ボイル『トレインスポッティング』/快晴飛行

・アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』

書き出しは、He was an old man who fished alone in a skiff(以下略)
福田恆存はこう訳した。「彼は歳をとっていた。メキシコ湾流に小舟を浮かべ、(以下略)」
名訳でなくてなんだろう。関係代名詞なんて不自然だから訳さないスタンス。
それはさておき…息を吐かせない描写に圧倒された。
専門用語や魚名をここまで持ち出して、なのに散文として違和感がない。
緻密、とはまた違う。緻密といえばスピード感が澱む。単純に嘆息。


・ダニー・ボイル『トレインスポッティング』

偶然と幸運が散りばめられた主人公が、にんまり笑いながら脇を出し抜く、
その心地よさと毒が良かった。観ていて素直にのめり込んでしまう。
役も一人々々立っていて好い。
ストーリーがプロット過ぎないところも。

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帰浜した。快晴で地表がずっと見えていた。
人生で二十回は伊丹から飛ぶが、こうも見晴るかした経験は初めてだ。
千里、万博記念公園、モノレール、果ては山科まで。
明るくない東海地方でも、木曽三川、富士山、御前崎、伊豆半島、が
うろ覚えながら特徴ある地形から知れた。

ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』

目まぐるしいものの数、エピソードの数。
それらが、背景とも前景ともつかずに飛び回る感覚。
内包と構造が溶け合うような描写。

ソローが指摘した、テクノロジー社会における「卵が先か鶏が先か」状態と、
自分の知らないところで自分が手玉に獲られる不安、
ものと「生」の二項対立ではなく、
「生」はものに取り巻かれて途方に暮れている、
そう読める箇所があったような気がする。
冒頭の雑多なキャンパス風景は氾濫した無秩序(=ゴミ)だし、
ところどころ家のものを捨てる主人公、ゴミ圧縮機の中身、などなど。
重要なのは、誰しもがその行き来をせざるを得ないということ。
毒ガス流出や巨大資本の魔の手に搦めとられることによって。
そして、その被害者は誰でもいい
(ニュースでそうであるように、数が確保されれば良い)のだ。
「自分ではなくてよかった」と頻りに
登場人物たちが口にするのは、そういうことだ。

最後に、もっとも気に入った箇所を書き写しておく。
「ぼくは自分のもの以外のノスタルジアは誰のものでも信じない。ノスタルジアは不満と怒りの産物だよ。それは現在と過去のあいだの苦情の種が据え置かれたものがだ。ノスタルジアが強ければ強いほど、人は暴力に近づいていく。戦争は人が自分の国について何か良いことを言うように強制されたときに、ノスタルジアが取る一形式さ」(p.276)

5.5.10

帰阪ついでの旅(メモ)

1日。
清荒神清澄寺、売布神社、中山寺へ。
どれも阪急宝塚線の駅ながら、自転車にて赴く。
新緑の色鮮やかと、ようやく初夏めき始めた陽、
そして、宝塚のあの辺の住宅地の静かさと、溜池の多さ。
清澄寺の涼しげで綺麗な水盆が印象的だった。
それと、端正ながら妙な異彩を放っていた四人家族が。

3日。
夏日となったんではないかな。以後三日間、晴天だった。
下鴨神社にて流鏑馬を観た。
テレビのニュースとは異なり、開始までの間合いがいやに長く、
放たれた矢は必ずしも的を割らず、馬の走りが予想以上に速かった。
清水寺から見はるかす葉々の色合いがどれも若く、
遠くに霞む京都市街を覆って綺麗だった。
案内役を務めてくれた友人に感謝。

4日。
大阪城公園でのダウンな活気が大阪らしくて好い。
園内を周回し、何もない難波宮蹟を過ぎて、
祭りの中之島を西へ。大阪化されたパリのシテ島って気がする。
八百八橋の町、あるいは水都、の雅名をちょっとだけ実感。
難波へ。日本橋から新世界、そしてここ数年で急成長したオタロードを抜ける。
電気屋の激減は内心で驚きだった。
梅田へ。スカイビルから大阪を一望、と思いきや
梅田のビル群に阻まれて南の眺望は難しかった。
夕方のお初天神。いつも夜ばかり赴いていたため、初めて堂が開いていた。
夕食は、同行の人生初のお好み焼きとなった。

5日。
南森町の大阪天満宮を観て、帰摂。