20.3.11

カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

イシグロの回想的な文体には一つの明確なテーマに沿って組み立てられた語りと、
もう若くない語り手の静謐さがある、そう思っていた。
そうした先入観があったから、読み始めて違和感があった。

まず、テーマがなかなか見えてこない。漠然と道筋の定まらない感覚があった。
まず、イギリスの田舎の現在と、回想される長崎の保守色の落差だし、
主人公の悦子に対する、佐知子の圧倒的な立ち位置の違いにもなる。
会話では共鳴のない不協和音も痛く響く。

だが途中から、かなり大きな物語を包んで、種々の対比から一本の筋道が見えてくる。
どう幸せになるか、自分の意思を貫くか、というテーマが。
それが現実や絆のしがらみでもがく、物語全体を包む暗さが、回想にしては重かった。

作家カズオ・イシグロは石黒一雄ではない。
だがこの暗さ、敗戦後の長崎の時代の空気と風潮、
この、どうしようもないまま日本的と結局呼ぶものの描写が、
とても日本文学の一作品に思われた。
おそらくこの小説の描写するテーマが描かれる時代を下れば、
そのまま『円陣を組む女たち』になるだろう。

15.3.11

アントニオ・タブッキ『イタリア広場』

ファシスト、第二次大戦、レジスタンス、民主化、労働運動──
物語はイタリア激動の時代を貫き、
タイトルであるイタリア広場での出来事がそれを象徴する。
ただし、時代背景の説明は極力まで切り詰められ、
世界史の一般常識を欠いてはおそらく漠然として分からないだろう。

エピソードの堆積は『百年の孤独』と同じように家系図で纏め上げられている。
だが、饒舌ではない。むしろ、一つ一つ語っては黙り込むように、
ほんの短い物語の羅列が、大きな一本の物語の進行となっている。
とてもゆっくりだし、断片的で、その一つ一つが寓話のよう。
叙述が無駄な時間を越え、描写はほんの一言二言までに短く、
それがとても豊かなイメージを生む。
これはすごい、と思った。

2.3.11

井上ひさし『一週間』

500ページ超の長篇、しかも井上ひさしの最期の作品。
言葉遊びも豊潤、読みやすくて、一週間もかからなかった。
章だてごとに、前章までの内容をわずかに復習するあたり、
「小説新潮」連載のまま手直しできずに亡くなったためだろう。
他、日本人の堪能なロシア人がぞろぞろ出てくるといった設定を除けば、
舞台装置もストーリーも面白いし、飽きさせない。
何より、背景や設定のために一時代の新聞を全部読んでしまうほど周到だから、
仕入れた智識はぶちまけんばかりにつぎ込まれている。
そのなかには知るところや知らなかったことが多々あって、
個人的には、それも興味深かった。

井上ひさしには、東北大経済学部での講演会で拝見したことがある。
魯迅の話を即興で(!)されていて、
『吉里吉里人』を読んだ中学生の頃から感じていた博識の印象を強めた。
『一週間』にも魯迅がちょっとだけ出てくる。
太平洋戦争でのぼろぼろの敗戦の原因を
無脳そのものと化した当時の日本の指導者に帰するのは、
『戦艦大和の最期』の吉田満から伊東乾まで幅広いが、
井上ひさしの場合はそれに加えて、特権階級や悪政への糾弾と、
民衆への暖かいまなざしがたっぷりと加わる。
そして、シベリア抑留を描きつつもコミカルな文体。
この文体だからこそ、井上ひさしらしく毅然と論壇に立てたんだろう。
あらためて、合掌。

シベリア抑留の際に(日本人将校による)関東軍が(日本人)捕虜に
収容所内圧政を強いていたこと、これは知らなかった。
井上ひさしだから誇張はあるかもしれないが、
こうも大胆に持ち出せる設定とは思えない。
鍵となるレーニンの手紙に書かれた秘密だって事実なのだし。
満州国のソ連軍占拠時、ゴリゴリの天皇主義者が掌を返したように
共産主義者になったという変わり身の早さは、よく聞くところだ。

28.2.11

大澤信亮『神的批評』

宮沢賢治、柳田國男、柄谷行人、北大路魯山人を切り口に、
倫理、理論、言葉、殺生、をそれぞれ問う。
ジャンルとしては批評の形を取っているけれど、
あまりに立ち位置を切り詰めるが如き内省の鋭さが光る。
私がその批評眼に強く傾倒していた柄谷行人のような。
たとえば、次のような。
私たちは柳田のこの転倒を再度回転させなければならない。それらが悪だからではない。そのような定式に押し込めて叩くことが批評ではないからだ。(p.133)
考えるフリをして定石を追い、自分の言葉を喋っているように思いながら
実は他人の言葉の相似形を喋らされているにすぎない
無数の"批評家"(コメンテーター、ブロガー、ツイッター)との華麗な訣別。
だから我が身の立ち位置と日常の退屈を危うくさせる言葉がある。
心してページを開くべし。

著者自身、柄谷行人にハマっていたころがあったのだろうと思い、
実際そのように告白される部分があった。
例えば『マルクスその可能性の中心』の雑誌版との相違は初めて知った。
「柄谷行人論」は、身を捩って断つような、すさまじい理論の戦いがある。
その中で、意識や他者性があまりに際の論理として立ち現れ、
私のような素人には晦渋だった。

柳田國男論である「私小説的労働と協働──柳田國男と神の言語」を、
私はもっとも興味深く読んだ。特に前半を。
後半はルソーや仮名序、言霊思想的なウタ論に収束した。
小林秀雄を援用しながら、他者と自己との関連を述べた箇所は圧巻。
この認識は決定的である。私たちは孤立しているどころか、無意識に「固く手を握り合ってい」る。何の力によって。共同体を分解した資本の力によって。これは考えてみれば当然のことだ。私たちの生活は顔も知らない誰かによって支えられている。おそらく私たちは、地球の歴史上、かつてないほど濃密な共働作業をしている生き物なのだ。(p.136)
私小説批判のため私の絶対性を相対化させるべきとばかり考えていた私にとって、
そもそも私をしがらみだらけの存在へと転換させた柳田の、
この思考を私小説批判にまで拡張した著者の、
そして、こうした驚くべき批評から見えた結論が
じつは当たり前であるとわかったときの浄化作用的な驚き。

「批評と殺生──北大路魯山人」の冒頭では、
生きるために殺すという人間のやるせなさが絞るように語られたかと、
いきなり鴨南蛮そばを喰うエピソードへと飛ぶ。
そのときちょうど台場にいたので、
四谷に戻りがてら一茶庵系のそば屋を探しまくった。

19.2.11

原武史『沿線風景』

読書日記としての雑誌連載が元とは、誰も思うまい。
電車やバスの旅の感想から連想して、申し訳程度に新刊本が紹介されるだけだ。
だから、タイトルどおりの本として読む。
22の経路を辿りながら回顧や考証をし、たいていの回ではそばを喰う。
読み物としてあっという間に読めて、面白かった。
団地に生まれ育った筆者らしく、西武新宿線に好意的だ。
堤清二=辻井喬の進歩性と、不破哲三なども住んだひばりケ丘が重ねられ、
団地に住んだ人々が団地を共産圏的にユートピア的に捉えていたろうと回顧される。
古い古い60-70年代の記憶だ。
敗戦色に彩られて迷走する1940年代前半が
40年前の日露戦争の栄光に思いを馳せるくらい古い。

藤森照信『建築史的モンダイ』の概略(p.138-139)は興味深かった。
宗教建築は基本的に縦長になるが、
東アジアでは堂宇だけは住宅洋式に倣って横長である、という指摘。
確かに、例はすぐにでも思い浮かぶ。
寺社の参道、奥の院、前方後円墳、謁見ルート、…。
どれも縦長で、奥に神々しく控えるものがある。

日光の回で、幕末の尊王の気運が14代将軍の頃から発露があったとあり驚かされた。
徳川家は大行列を組んで上洛しすることで、天皇に対する優位を示していた。
家光の頃、将軍家は籠の中で姿を見せないことで畏敬されたというが、
家茂は積極的に姿をさらしたのだという。明らかに人気の凋落だろう。
また、日光には明治期から御用邸があって、
今は記念公園となっているらしい。
日光が徳川家だけでなく天皇家にも関わりがあるとは知らなかった。