夏目漱石『門』
自分が裏切った友人に久しぶりに会わせる顔がなく、とうとう仏門に救いを求める。
「彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。
要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」と、
漱石はどうして評したのか。
それでいて、役所の人員削減に引っかからずに給与も上がり、
小さな幸せとともに、小説は終わる。
その最終盤、季節を感じさせる暖かい家庭の温もりに、
小津の映画のような無常観が、逆に感じられる気がする。
このストーリー展開は、「ヨブ記」を思わせる。
もっとも主人公の宗助には世を偲ぶべき過去があるが、
誰しもが大なり小なり呵責されることを持っている。
その過去の苦しみが「門に入れない不幸」とされることが、
原罪ほどに強い責め苦として追及されていることが、
私にそう感じさせるのかもしれない。
休暇をはたいて向かった仏門さえ、
生活があって真剣にくぐり抜けられない。
八方塞がりのまま、降りてくる幸不幸を甘受する弱さが、
幸せとも不幸ともつかない宗助とお米の夫婦の宿命として、淋しい。
夏目漱石『私の個人主義』
漱石の明晰さは、出発点を大切に論が展開されていることだろう。
明治日本が外発的に始まった近代化という説明にしろ(「現代日本の開化」)、
労働疎外の状態を予見していることにしろ(「中身と形式」)、
その理想型がルネサンス的な一身で完全な人間にあることは、
漱石が時代に先んじた個人主義的な思想家だった証左に思える。
1.10.12
夏目漱石『硝子戸の中』、『それから』
夏目漱石『硝子戸の中』
『吾輩は猫である』をエッセイにしたような随筆。
随筆の醍醐味として、「私」というものが希薄であるからこそ、
著者の生活や死生観が生き生きと浮き上がる点にある。
それが、書斎の硝子戸から世と来歴を覗き見ながら綴る、という表題にも繋がる。
自分は文学研究者ではないのでよくわからないが、
自然のままという事態のままならなさというか、
生きる上でのそこはかとない不安というか、そんな感情が滲んでいるようで、
写真で有名なあの頬杖を突いた漱石の俯いた目線を、
読みながらしばしば思い出させた。
夏目漱石『それから』
裕福な実家に支えられてぶらぶらする代助が、
自分の結婚相手への強い意志を貫くため、親友とも実家とも縁を切り、
社会的に眉を顰められるべき掠奪婚を決める。
自らへの意志を尊ぶことが、客観的に見れば破滅的な方向へ走ることになる、
これがどのようにありうるのか、精神の逍遥が丹念に描写される。
漱石はこの自由意志に対して、積極的なのか消極的なのか。
しかしこの疑問は、小説(という形式)がこの問題へ回答の方向性を
棚上げにしたまま問いかけているということから、
あまり意味のないものなのかもしれない。
いや、大いに考えられるべき問題を、生のまま呈示している。
代助の友人に、もとはあった学問意欲が、
生活にまぎれて消えていった、という者が挿話的に語られる。
続く『門』の主人公がその位置になるのだが、
これは、文学部出身者の一として、そして社会人として生活に忙殺されつつある中で、
由々しき一事例として、常に念頭に置き、恐れ戦いておきたい。
青空文庫を電子書籍アプリで読んだ。
片手で繰っていくのも悪くないが、
ふと思ったページの縁を備忘に折ることができないのがもどかしかった。
16.9.12
根岸吉太郎『透光の樹』、森敦『われもまた おくのほそ道』
根岸吉太郎『透光の樹』
高樹のぶ子原作の映画化。
千桐と郷の、中年の円熟したとも、若く急いで狂おしいともいえる
恋愛をのみ主眼に描いていて、その周囲がまさに背景でしかなかった。
あるいは生成論的に、ある種のリニアな進行といえるかもしれない。
森敦『われもまた おくのほそ道』
松尾芭蕉『おくのほそ道』を、その経路を辿りながら、
組み立てられた構造を明らかにしてゆく。
森敦の明晰さには、ほんとうに驚かされる。
『おくのほそ道』は紀行文だ。
だがその中に、義仲、西行、杜甫・李白などを大いに織り込みながら、
陰陽、晴雨といった対応関係を織りなしてゆく。
この精緻な構造をなすために、
芭蕉は、訪れた順序を組み替えたり、
泊まっていないところに泊まったと書いたりしている。
フィクションすなわち文学なのだということを知らされた。
「行く春や鳥啼き魚の目は泪」の「行く春」に始まり、
「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」の「行く秋」に終わってなお、
まだ「旅をすみかとす」る道は続く。
13.9.12
フランソワ・オゾン『ぼくを葬る』、唯円『歎異抄』
フランソワ・オゾン『ぼくを葬る』
原題は « Le temps qui reste » 。
癌の宣告を受けた主人公が、原題のとおり残されたわずかな時間の中で、
自分の日常と人間関係にけりをつけ、人生にけりをつけてゆく。
初めは拒絶をもって、やがては受容をもって、周囲との関係を修復してゆく。
巻き毛の子供が主人公の幼少時代の象徴としてしばしば現れる。
または、同棲していたが別れてしまう恋人も、その延長だろう。
子供が陽の下に、主人公は陰にいて長袖で肌を隠し、
生死の境目が陰翳で区切られている。
それを突き破るシーンとしての、教会での子供の悪ふざけが、
あまりに無邪気であり、陰鬱な教会の中での天使のようにさえ映されていた。
それが、主人公が陰から出ようとする転換点となる。
最期は西行のように美しく、南仏の浜辺に横たわって波音に濯がれながら死を迎える。
主人公の祖母のラウラ(ジャンヌ・モロー)が印象的だった。
おばあさんなのに、というかおばあさんらしい達観がどことなく妖艶で、
奔放に生きた生涯を誇って余生を一人で立てている強さがあった。
唯円『歎異抄』
信心は起こるのではなく阿弥陀によって起こさせられ、
念仏によって縋ることで浄土に行ける。
そもそも凡夫には修行による即身成仏は難しい、
よってただ縋るべし。──
「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
「自力作善のひとは[…]弥陀の本願にあらず」
という、念仏の「一向専修」のみによる徹底した本願他力の考え方が、
親鸞没後の異説を封じつつ淡々と述べられている。
大乗仏教という救済思想の一つの極みではないかと思った。
善悪、貧富を超えてただひたすら信心を求めるという、
"仏の下の平等"という思想が、徹底されている。
ただ、……念仏と救済のメカニズムはどうなっているのか。
「念仏には、無義をもつて義とす。
不可称・不可説・不可思議のゆへにと、おほせさふらひき」と十章にある。
可知不可知に明確な線引きをし、
「凡夫」たちを神ならぬ仏の子羊たちとしているように感じた。
それが鎌倉仏教からの、仏教の大衆化ということなのだろうか。
別に批判などではない。宗教である以上、救済されればよいからだ。
ただ純粋に、仏教史的な意味合いで、
鎌倉仏教の時代からは、仏教が学系から純粋な宗教へと転じた、
その一つの新しい思想を読み取ったように思った。
5.9.12
夏目漱石『三四郎』、魚喃キリコ『strawberry shortcakes』
夏目漱石『三四郎』
『草枕』が美の問題と俗世の煩いの二本の軸で進行し、
結末で見事に合一させる小説だとすると、
『三四郎』は学問世界の飄々と人間関係・恋愛の二軸を
混ぜ合わせてその波紋をみながら、結局二つを溶かしあわせない。
柄谷行人が解説で、ストーリー第一主義への重要なアンチテーゼと評している。
ストーリーを綴っておきながらそれを超える訴えかけがある、という気が、
確かに前期の夏目漱石にはあるように思う。
魚喃キリコ『strawberry shortcakes』
フランス語版で読んだ。仏題ならmille-feuilles aux fraisesとなろう。
扱う主題は、日常の倦怠感とやるせなさ、恋愛。
とはいえ、それを日本語で読まなかったことが、一つの新鮮さだった。
それはむしろ、言葉からは最小限の科白のみを得て、
絵の語ることに耳を傾けることができたことによるのかもしれない。
いや、確かに科白も最小限に絞られて、一字一句が語るのだけれども、
翻訳はどうしても日本語が含み持たせていた意の迷いや強さ、震えや弱さの、
すべてを汲み尽くして移し替えることはできない。
だから逆に、絵の展開が私に多くを語った。
それは、魚喃キリコの作風を味わう上で、
決してマイナスではなかったのではないか。
影絵のような描写が、ストーリー展開をそのモーションの小さな一部で切り取る。
それは、あるいはほんの小さな手先だったり、複雑な表情だったりする。
静かで淡々としているにもかかわらず、
コマの一つ一つが抑制された静かな内容で想像力をかき立てる。
特に、表情の機微はほんとうに巧い。
『草枕』が美の問題と俗世の煩いの二本の軸で進行し、
結末で見事に合一させる小説だとすると、
『三四郎』は学問世界の飄々と人間関係・恋愛の二軸を
混ぜ合わせてその波紋をみながら、結局二つを溶かしあわせない。
柄谷行人が解説で、ストーリー第一主義への重要なアンチテーゼと評している。
ストーリーを綴っておきながらそれを超える訴えかけがある、という気が、
確かに前期の夏目漱石にはあるように思う。
魚喃キリコ『strawberry shortcakes』
フランス語版で読んだ。仏題ならmille-feuilles aux fraisesとなろう。
扱う主題は、日常の倦怠感とやるせなさ、恋愛。
とはいえ、それを日本語で読まなかったことが、一つの新鮮さだった。
それはむしろ、言葉からは最小限の科白のみを得て、
絵の語ることに耳を傾けることができたことによるのかもしれない。
いや、確かに科白も最小限に絞られて、一字一句が語るのだけれども、
翻訳はどうしても日本語が含み持たせていた意の迷いや強さ、震えや弱さの、
すべてを汲み尽くして移し替えることはできない。
だから逆に、絵の展開が私に多くを語った。
それは、魚喃キリコの作風を味わう上で、
決してマイナスではなかったのではないか。
影絵のような描写が、ストーリー展開をそのモーションの小さな一部で切り取る。
それは、あるいはほんの小さな手先だったり、複雑な表情だったりする。
静かで淡々としているにもかかわらず、
コマの一つ一つが抑制された静かな内容で想像力をかき立てる。
特に、表情の機微はほんとうに巧い。
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