29.11.10

ポール・オースター『ムーン・パレス』

物語が端々で袂を折り重ねながら延びてゆく。
小説、というか、物語り。心地よくページが進む。
ユタの沙漠での孤独な生活のありさまが、印象的だった。
世界がどこまでも広いほど、その壁は厚く孤独を強いる感覚、
身体の境界が消えて時の流れと同化する心境。
旅の楽しみに近しい気もした。

同著者『忘却の書』によく似ているのは、所々で伏線を振り返る語りと、
登場人物がみな過去形、通り過ぎてしまって決して帰ってこない過去形であること、か。
でも、『ムーン・パレス』は、その喪失感を言い当てる象徴的な言葉があった。

僕らはつねに間違った時間にしかるべき場所にいて、しかるべき時間に間違った場所にいて、つねにあと一歩のところでたがいを見出しそこない、ほんのわずかのずれゆえに状況全体を見通しそこねていたのだ。要するにそこに尽きると思う。失われたチャンスの連鎖。断片ははじめからすべてそこにあった。でもそれをどう組み合わせたらいいのか、だれにもわからなかったのだ。(p.293)

この達観した視座の結びと、端正な文章の味わいが、オースターの小説。
だから、喪失すら心地よさとして響く心地がある。

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