大津皇子の魂が二上山の墓で目醒め、藤原南家郎女を呼ぶ。
藤原南家郎女はその俤を感じて、導かれるように都を出る。
蓮から糸を紡ぎ、その細い糸を奇蹟的に織り上げ、
そこに描いた曼荼羅絵の、刹那にして永遠のきらめき。
この伝説めいた感じ。
大津皇子の子孫の淡海三船、藤原仲麻呂(=恵美押勝、南家)、
大伴家持、といった官僚たちの権力争いが、脇で垣間見える。
そのせせこましさ、無常感は、主題の力強い素朴さを逆に強調し、哀れで滑稽。
言葉の端々に見える、紫微中台、大師といった官職名は、
唐風に染まった天平文化の頃の特有の名称だ。
または、平城京のだだっぴろい寂しい描写が西安の都を対比させる。
さらには、神ではなく仏が、神秘の核にある。
でも、ここに描かれた仏は、果たして仏教的な仏なのか。
葛城の寺院と、物忌の思想、さらには大津皇子の俤が菩薩となって現れるということ、
これらはかなり日本化された仏信仰ではないだろうか。
躑躅(ツツジ)や田植え、嵐、村の描写は、
どうしても緑豊かな奈良盆地を脳裡に浮かべずにはいられない。
二上山のたおやかな双峯も、また奈良らしい景色だ。
旧仮名遣いの文章ながら、さほど意識せずに読めたのは、
漢語が少なく大和言葉の多い文体ゆえかもしれない。
むしろ、漢字熟語をここまで抑制して、この表現力。
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