読んでいて、今年の本で最も面白いのではないかと思った。
前期ウィトゲンシュタインの言語的可能世界をモチーフにしたような、
相互に「語る」(シミュレート)なしには世界を同定できないという平行世界の併存、
そのSF的背景のつくりが緻密で、一気に引き込まれた。
それでいて、問いかけるのは、家族という結びつきについて。
厳密には血の繋がらない、歴史も共有していない家族が、
家族として思いあうのは妄想ではないか?
平行する世界で別の人生を歩む、少しずつ差異のある相手を、
すべて相手として同一視して想うことができるのか?
これを解決するのは、あきらかに物語というあまりに人間的な想像力だ。
「宇宙は物語でできている、原子からではない」とは、
詩人ミュリエル・ルーカイザーの言葉だが、
それがなければ自己を同定できなず、
物体が存在そのものの質感をグロテスクに露出させた世界に包まれて狂うことになる。
生きるとは何か、一度きりの不可逆の線形時間を生きるとはどういうことかを、
物語の可能性とともに強く諭す、そのような小説として、私は読んだ。
悪く云えば虚妄でしかないよすがに縋り、
しかし自分を見失いで生き抜くひたむきさは、強く心を打った。
「なぜそこではなくてここにいるのか」というトポス論は、
技術の進歩によって次第に無効化されつつ、
物理的制約とノスタルジーで成り立っている。
ともすれば感傷的な、そんなことも考えた。
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