4.2.11

小川国夫『アポロンの島』

この本をはじめ、小川国夫はなかなか手に入りにくい。
いまは講談社文芸文庫に入っているが、
高校の頃から、かつて出ては版の絶えた文庫の古本を、
主に茶屋町で漁り探しては見つけられずにいた。
審美社版の函入りを幸運にも入手した経緯は忘れたが、
読了はようやくのこと。

「短篇連作」集。四つの短篇連作を収め、
表題作とその他いくつかは柚木浩の旅路のつれづれだ。
若い旅というものの淡い味わいが控えめな文体で綴られ、
あまりに譬喩が巧い。
淡い叙情が物語を繋いで進む文体は、詩であるといってよい。
何のことのない旅中の交流が、旅という夢の一形式に織り込まれて、
さらにそれを、イタリア、ギリシャのゆっくりした海の雰囲気が溶かす。

気に入った箇所を引く──
 彼が島の集会場になっている、港の広場へ帰った時、陽はうすついていた。彼はレストランでコーヒーを註文して、海に向って坐っていた。スイスの女の子が三人斜め前にいた。三人とも思い思いのことをしていたが、一緒にいる安心感を持ち合わせていた。浩は、自分にひとを羨ましがらせるような瞬間があったろうか、とフト考えたが、ない、と思った。いつかわからないが、ひとを羨ましがらせた瞬間があったのではないか……、お互い様なんだ、と彼は思おうとした。(p.100)

同じ著者の『試みの岸』は高校時に読んだが、
同じ海でも日本海のようなその猛りを、
馬の群れに譬えていた、そんなような記憶がある。

他の連作では、
「エリコへ下る道」はエルサレムらしい土ぼこりの道と、
それと同じくらい乾いた宗教問答的な素朴な対話が印象的。
「動員時代」は作家の静岡での旧制中学時代で、まさに青いが、
敗戦色濃い雰囲気もわずかながら感じた。

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