普通の祭りなら、普段街でなかなかお目にかかれないような
テキ屋の方々が屋台の軒を連ねて、しかも、
大阪焼きとかいう大阪で一度も見たことがないような
食品までもが売ってある。
そして、子供が、あれ買うてぇなこれ買うてぇな、つって親におねだり、
しかし親はしらんぷりをしてりんご飴をひたすら舐めている、なんていう、
あぁ、世も末じゃ、嘆かわしいことが往々にして起きるのであって、
私はそんな社会の衰退・頽廃みたいな現実を見たくないからひたすら蟄居。
しかし、大学祭となれば事情は少しく異なる。
というのも、大学祭はテキ屋のショバ配分などを
学生の有志集団が取り仕切っているのであり、
さほどどころかいささかもこわもてではない。
テキ屋の方も、おっさんおばはんではなく、
まだその予備軍、すなわち学生なのであるから、
殺伐とした雰囲気はないのである。
ほな、ちょっくら、てな軽いノリ・感じで、私は会場へと足を運んだ。
舞い散る紙吹雪、天女の宴、あぁ、極楽じゃ。
なんてことは全然なくて、狭い四方を取り囲む屋台。
その隅に設えられた舞台では、
珍奇な風体を晒した愚連隊が意味をなさない罵声を浴びせるといった
バンド活動とやらをやって、往来の人々に喧嘩をけしかけていた。私は驚愕した。
小さな子供もいるのに、こんなに心の荒れすさんだ集団を見せつけるとは、
大学祭本来の暖かさ・手作り感は
私の知らぬ間に時代の彼方に流れ去ってしまっていたのである。
ここは身を引き締めて、ちょっとの油断も見せてはならぬ。
って、ずずずいと会場に足を踏み入れた。
と、看板を手に妙な恰好で会場を徘徊する連中。
それも、一人や二人ではない。
一瞥するだけで、視界の中にはざっと二十人以上も、
そのような輩が紛れ込むのである。
これは常人の気をおかしくしちゃおうという戦術か、と私は身構えた。
すると、それらの例外なく手にしている看板には、
やきそば200円也、とか、シャカシャカポテト100円也、というような文言。
なるほど。彼ら彼女らはちょっとイッちゃってるとか、そういうのではなくて、
乱立している屋台の広告として少しでも売り上げに貢献せんという無私の志しを胸に、
身を粉にして働いているのである。
確かに、日常には単なる駐車場でしかない場所に、
突如として二十も三十もの飯屋ができているのだから、
供給が需要を大きく上回っているということは一目瞭然。
客よりも客引きのほうが多いのではないかしらん、という体たらくである。
ははぁん、と私は考えた。
この状態であればほどなくして、値段は需給のバランスが落ち着くに相違ない。
実際、広告がかくも多く闊歩しているのだから、
やきそばはそのうち10円也ぐらいにまで下がるだろう。
そうしたらすかさず買うたろやないか。よっしゃあ。
ってんで、自分は店先を睨みつけ、臨戦態勢に入ったのである。
すると、この緊張にも関わらず、一人の男が近づいてきて、
たこ焼きいかがですかー、などと間抜けなことを訊きくさる。
いやしくも一触即発の状態にあるというのに、何がたこ焼きか。空気読め、空気。
しかし、と私は思い直した。
彼は数ある広告塔の一人だが、至って普通な恰好をしている。
これではさほど人の気を惹き付けられぬだろう。
彼のせいでたこ焼きが売れなければ、店はまるで儲からなかろう。
儲からないだけならまだしも、これで大幅に赤字が出て、
その店を切り盛りしていた学生全員が路頭に迷い、
公園暮らしになってしまったらどうなるか。
その際、自分がなぜ、あの日あの時あの場所でたこ焼きを
彼の店から買ってやらなかったのだ、と責められたら、
言い訳も何もたったものではないのである。
じゃあお前も家なき子じゃ! ひぃぃぃ! それは困る。
私には、ぬくぬくと炬燵に入って蜜柑をほおばるための家がぜひとも必要なのである。
蜜柑、蜜柑! とぶつぶつつぶやいてたこ焼き売り子に怪しまれながら、
私はたこ焼きを購った。だが、待つこと数分、
焼きたてのたこ焼きの入った容器を手渡されてから、私は後悔した。
何を隠そう、私の出身はたこ焼き王国大阪なのである。
そして、仙台のたこ焼きは異様なほどにタコが小さく、
あるいは入っていないときすらある、と、
それこそ耳にタコができるほど聞かされて育ってきた、
そんな秘められた過去が私にはある。
このたこ焼きがそんな粗悪品だったらどないしよう。
そんなことなら、炬燵で蜜柑をあきらめてでも
たこ焼きを買わなければ良かった、と悔やみ続けるに違いない。
ええい、ままよ、と、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、
私は爪楊枝を引っ掴んでたこ焼きを一個口の中に放り込んだ。
とろける生地の中に、タコは
ちゃんとした許容される大きさにカットされて収まっていた。
いや、これはまだまだ七個のうちの一個、
もしかしたら今のだけが辺りで他が全滅かもしれない。
ゲーマーの連打もびっくりの早技で、
私は口の中にたこ焼きを放り込んでは咀嚼していった。
結局、タコはすべてにちゃんと入っていた。
しかも、すべて平らげてしまってから、
さわやかな食後感が私をふんわりと包み込んでいた。
あぁ、私は疑心暗鬼にすべてのたこ焼きを費やしてしまった。
容器にはもうたこ焼きはない。
カラスがギャーギャーと鳴いていた。
むなしくなった私は、その場で少し踊った。うくく。
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