イッセー尾形演じる唱和天皇の孤独が主題。
こうも表情と動きを抑えて演じきれるものなのか。
とにかく秀逸さには驚いた。
撮影時にチャップリンと囃される場面が印象的だった。
もちろんその服装からだが、
所詮は天皇も機構の歯車にすぎないからだろう。
動きがカクカクすぎることもあるかもしれない。
周囲に畏みを課さざるを得ない、
日本軍の長として国民に戦死と自決を課さざるを得ない、
極言すれば触れれば死に至る存在として宮城内に過ごし、
ようやくその肩の荷の降りたヒロヒトは、
人間宣言を録音した技官の自決をどう感じたのだろうか。
皇后と子どもたちを想う父親としても、大きく描かれている。
戦後の皇室像に引き寄せてか。
母子手帳をはじめとする明仁の一子の徳仁の例が、
前例のない皇室の姿だったことを、連想させた(深読みし過ぎかも)。
でもこの題材は、父親の姿というより、
皇居に単身赴任状態という、寂しさの一面のために思えた。
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