27.5.10

カルロ・ゴルドーニ『抜目のない未亡人』、アンヌ・フォンテーヌ『ドライ・クリーニング』

・カルロ・ゴルドーニ『抜目のない未亡人』

劇作家ゴルドーニを知ったきっかけは、
ジャック・リヴェットの映画『恋ごころ』と山口昌男の評論『道化の民俗学』。
つまり、偶然。
特に後者でゴルドーニに興味を持ったので、
アルレッキーノの振る舞いに注目して読んだ。
もっとも、この作品では、混ぜっ返し役としてではなく、
もっぱらメッセンジャーの役割だった。

作品は西欧諸国のステレオタイプの男たちが登場する。
もっと卑近に言い換えれば、自らのキャラが毀れないように腐心する連中だ。
これは誰の近辺にも少なからずいるだろう。
もっとも笑われるべき、硬直した連中だ。
その隙をアルレッキーノやロザーウラが縫う。
それがないと、粗筋はもっと演繹的論証みたいになってつまらない。


・アンヌ・フォンテーヌ『ドライ・クリーニング』

ベースに描かれる生活の倦怠のえげつなさ、処置なさが、凄まじかった。
舞台はFlanche-Comté地方のBelfort。
存在は知っていたものの、まぁ何もなさそうな町だ。
クリーニング屋の夫妻が、仲睦まじそうに見えるが、
実際にはどうしようもない倦怠と閉塞に取り憑かれている。
夫の無表情と視線の泳ぎなんてもう、
「一家の主人という役柄にしがみついて怯える夫」そのもの。
この破滅の物語をドライクリーニングと題してしまう突き放し方がすごい。
妻役のmiou-miouが綺麗。

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