31.12.11

『ドキュメント東日本大震災 そのとき薬剤師は医療チームの要になった』

日経ドラッグインフォメーション東日本大震災取材班の編著。
被災地に赴き、あるいは被災地域の一員として
被災者の医療支援を行った薬剤師、医師への取材をまとめたもの。
取材はおおむね三月末から四月中旬に行われ、初版は六月。
薬剤師の知人に借りて読める。

自分はこの本を、非常事態への対応の実例集として読んだ。
所感をメモにまとめておく。

・現場の判断
現場の判断を迅速かつ適切に下すことが求められる。
その前提として、実務への精通と柔軟な対応が不可欠だ。
先発薬や市販薬での代替を医師に提案する場面は、異口同音に語られている。

・専門化と非常事態
派遣医療チームの一員として薬剤師が活躍すると、一般的には想像されない。
事実、阪神大震災時にはそうではなかったらしい。
医薬分業が進んで、医師と患者を投薬面で結ぶ調剤薬局の役割が明確になったためか。
薬剤師ではなく「調剤薬局の役割」書いたのは、
物資の制限された下で手持ちをうまく組み合わせるという「薬剤師の活躍」が
本書タイトルの「要」の謂いの一つだからだ
(もう一つは、医療従事者としてのフットワークだろう)。
この、分業化による的確で迅速な処方は、震災支援に益した一例だろう。
ただ、医師・看護師の処方知識への副作用も垣間見えたように読める箇所もあった。

・サービスのあり方
医療とは、専門性を駆使して個々人にサービスを与える業種だ。
このサービスの非常時の身動きは、
他の広義のサービス業の改良のヒントになりうるように思った。
付加価値創出のため、サービス業全体が
個々へのきめ細やかさに対応してゆく流れにあるからだ。
例えば大学運営において、教育職員・事務職員ともに、
教職員という大枠の中で所属の部署・委員会ごとの専門性をつど身につける。
悪くいえば付け焼き刃的な知識での対応の限界を超えるには、
ここ数年よく耳にする事務職員の専門化は欠かせないだろう。

27.12.11

マルク・ブロック『封建社会』

マルク・ブロックの主要著作に挙げられる、アナール学派歴史学の代表的論文。
邦訳は1977年、みすず書房より刊行。
マルク・ブロックの名は、2009年に再合併したストラスブールの3大学のうち、
人文科学を包する一、Université Marc Blochに記念されていた。

西欧の封建社会の成立過程から論じ、
封建社会下での社会関係(個人間、階級間、社会制度)、
そして最後に、封建制の構成への影響、という構成。
西欧の、蛮族時代からカロリング・ルネサンスを経て、
イタリア・ルネサンス前までの中世を、社会制度から縦断する形で分析する。
その間、ローマとメロヴィング朝の帝国時代の安定期の残滓、
ノルマン・コンケスト、レコンキスタといった異民族の流入、
都市ブルジョアの形成、カトリック教会という聖俗の二権力の鬩ぎあいが、
織物のように時代に編み込まれている。
特に、デーン朝、ノルマン朝の制服王朝によって破壊され、
フランスやドイツのような政治的地域差を失ったイギリスが、
大陸に対して独自に封建制を進展させ、
例えば後にcommon lawへ法体系を進ませたという事例は、初めて知った。
「フランスの国王たちは、フランスを統一したというよりは寄せ集めたのである。イングランドには一つのマグナ・カルタがあった。しかしフランスにおいては、[…]、ベリー人、ニヴェルネー人たちにそれぞれ証書があり、──イングランドにおいては一つの議会があるのに、フランスにおいては「全国三部会」よりもいつも頻繁に開かれ、結局はより活発に動いていたのは「地方三部会」であり、──イングランドにおいてはわずかな地域的な例外はあったが一つの「普遍法」(common law)があり、フランスにおいてはきわめて雑多な地域的慣習法が存在していた」(下 p.142)

一般的“制度”について、生成と慣習化、その後の定着という過程の、
詳細な一例となっていて、非常に興味深かった。
また、西欧の封建制と日本の封建制が、ところどころで比較されている。
西欧では主人と家士は契約関係なのに対し、日本では一方的な服従関係であり、
西欧では主従の網の目の頂点に国王がいる一方で、日本では将軍がいる
(制度的頂点の天皇の政治制度においては、将軍を境に二重体制)など、
比較は試論として面白い。

読んだ結論としては、封建制とは、
貨幣の非流通による雇傭システム確立の難しさと、
一度あった中央権力の弱体化が惹き起こした、
なし崩し的な群雄割拠の支配体制ではないか。
そうすることで、洋の東西を問わず、封建制の一般化ができる。
もちろん、本書でもフランス、ドイツ、イギリス、イタリアの例の相違が
随所に引かれているように、
その背景や歴史の流れによって、若干あるいは大きな違いが現れる。
その差異を一般化しない精緻さが、読んでいて面白い。

ゲレオン・ヴェツェル『エル・ブリの秘密』

カタルーニャの創作レストランEl Bulliと、
オーナーシェフのフェラン・アドリアの、
新メニュー開発からレストラン開店までを追ったドキュメンタリー映画。
シネスイッチ銀座にて鑑賞。

創作料理のメニュー開発の定石がどのようなものなのか知らないが、
“意外性”と“驚き”に主眼を置き、薬品調合のようにメニューを開発するさまは、
料理人のそれというよりも、科学者の実験室を覗くようだ。
食材ごとの特徴、調法、組合せの適性を組み合わせてゆくデータ至上主義は、
リンネの分類法を彷彿とさせ、食材ごとの文化や風土といった背景を感じさせない。

オブラートをラビオリの皮に使ったり、サンドイッチのバンズにメレンゲを使う。
色の調和を重んじ食材の形を保つというような、料理の一般的な形式ではない。
人文科学の人はおそらく、この一連のメニューを「食材の脱構築」と表現するだろう。

映画の最後のスタッフロール前に、35あるメニューの写真が映される。
http://www.elbulli-movie.jp/menu/
あまりに種実類が多いことが気になった。
非日常の創作料理だから栄養バランスは気にしないにしても、これでは。

14.11.11

トマス・トランストロンメル『悲しみのゴンドラ』

2011年ノーベル文学賞を受賞したスウェーデン人の詩人。
即物的な最小限の言葉の配置で、自然の感触が現前する。
表現のところどころは、ケニングのような気もした。

9.11.11

パトリック・モディアノ『失われた時のカフェで』、中勘助『銀の匙』、丸山健二『夏の流れ 初期作品集』

パトリック・モディアノ『失われた時のカフェで』

原題は« Dans le café de la jeunesse perdue »、「過ぎにし青春のカフェで」。
流し読みした自分も悪いが、訳がひどかった。
「僕らはアレ、その小道のいっとう先にいた」(p.100)とあるのを、
フランス語のわからない読者に 小道=アレ(allée) と解せるだろうか?
適切な訳で読みたい。


中勘助『銀の匙』

実は未読だったので、読んだ。
夏目漱石に見出だされた作家だが、漱石らしさはない。
散文詩の文体で、すべてが瑞々しい幼少の記憶を物語る。
ついぞ江戸だった明治の東京の風俗も見えて、面白い。


丸山健二『夏の流れ 丸山健二初期作品集

「夏の流れ」以外の未読作品を読んだ。
市民の日常生活の危うさを描いた諸作品は、
ところどころに思わせぶりなところはあれ、
無駄のない簡潔な文体が美しい。

譬喩的な構成があまりない。最初期は特にそうだ。
これが、文壇からの距離ということなのかもしれないし、
丸山健二らしさの原点なのかもしれない。

譬喩的な構成というのは、日本の戦後文学に昭和的な厭らしさだ。
因果応報、勧善懲悪的な作者の意図が、どうしても透けて見えることだ。
人間の都合に話が丸め込まれるのは、現実の不条理だけで充分だ。
小説家はそれを超えるような論理展開やリズムを提示するべき、と個人的に思う。

30.10.11

『シルビアのいる街で』、『Cooking Up Dreams』、『バグダッド・カフェ』、『借りぐらしのアリエッティ』

○ホセ・ルイス・ゲリン『シルビアのいる街で』

原題は« Dans la ville de Sylvia »。舞台はストラスブール。
旧市街Grande-Îleと現代的なメトロを縫った視線と彷徨と追尾が、この映画の主題。
主人公の男はBroglie広場のカフェで、六年前に出逢ったシルヴィアを探す。
シルヴィアの姿に似た女性を追って、撒こうとされつつひたすら街を歩く。
この視点の搦みあいが美しい。
そして、その場たるストラスブールの旧市街の美しさが、個人的に懐かしかった。
この映画の淡々とした映像を見ていて、
現在がノスタルジックに彩られていて、
過去と未来が単なる時系列で繋がっていないことに気づいた。
過去は現在と混在して生き生きと両眼の中で動き、未来は存在しない。
もしかすると、未来は過去から掬い上げた掌に載っているかもしれない。
そんな、純藝術的な、雪国的な映画だった。


○エルネスト・ダミアン『Cooking Up Dreams』

恵比寿の東京都写真美術館で開催されていた「第2回東京ごはん映画祭」で視聴。
ペルーの食の豊かさを主題に取材したドキュメンタリー映画。
そこから透けて見えてくる、ペルー人の生き方や幸せの多様性が、面白かった。
南北、貧富、高低、歴史、民族。食の多様さは、すなわち生活の多様さだ。
自給自足の農村での千年以上変わらない蒸し焼きの調理法から、
スペイン語圏というグローバリズムで注目されて今をときめく料理人まで。

写真家・佐藤健寿と安全ちゃんのトークショーがあったが、
そこでは、グローバル化と地域性の鬩ぎあう実例のようなものが挙げられた。
結局、味の資本主義ということか。
安全ちゃんは、化粧の濃くなかった以前のほうが可愛かった。


○パーシー・アドロン『バグダッド・カフェ』(ニュー・ディレクターズ・カット版)

上と同様、「第2回東京ごはん映画祭」で視聴。
Calling Youの音楽は、耳から離れない。
ストーリーは、物語論的なある種の典型で、
外部からの人間が、一コミュニティ内の調和をもたらす、というもの。
なので、ちょっと退屈ではあったけれど、
それを除くと何もなくなるわけではなく、寂しい閉塞感がどこかしら残る。
それは抜け出せない反復だ。輪廻と呼ぶと仏教的すぎるかもしれない。
トラックの行き来するアメリカ西部の沙漠のカフェという舞台が、まずそうだし、
ときおり差し挟まれる夕陽も、ブーメランも。
そして、Calling Youのサビの部分。
映画に深読みをしてしまうたちでは、これに意味を見出だしたくなる。


○宮崎駿『借りぐらしのアリエッティ』

一つの邂逅から冒険まで、という宮崎駿的ストーリー構成を、
ミニマムな形で展開した作品、として観た。
あとは、「+f」部分。
若い女性(特に髪)への執着と、背景と小道具の細やかさと色遣い。
名前を知ること、姿を見ること、の重視は、
『千と千尋の神隠し』以降、記号論のコード的に導入されているきらいがある。

22.10.11

汪暉『世界史のなかの中国 文革・琉球・チベット』

3月12日の長池講義のテキストだったが入手に間に合わず、ようやく読み終えた。
著者の汪暉(Wang Hui)は現代中国を代表する左派知識人であるとのことで、
その回の長池講義のテーマは「中国の左翼」だった。

副題として「文革・琉球・チベット」とあり、
その三つがそれぞれ主題をなす論文三編からなる。
第一章「中国における一九六〇年代の消失 ──脱政治化の政治をめぐって
第二章「琉球 ──戦争の記憶、社会運動、そして歴史解釈について
第三章「東西間の「チベット問題」 ──オリエンタリズム、民族区域自治、そして尊厳ある政治


柄谷行人が朝日新聞の書評で書いたとおり、
この本は「脱政治化」概念で貫かれている。
市場、グローバル化、ネーションステートといった現代の諸問題を
この概念とともに俎上に載せる第一章は、理論編だ。
「脱政治化」とは、政治問題とせずに制度に落とし込み、それ自体を自明とする、
ある種の思考停止、として語られる。
20世紀の政治(結局は国家による経済安定を目指した、社会運動、政党政治)が
グローバル化、国家化、市場化へと帰結し、
それが自明の顔をして世界を席捲している状態こそ、
「脱政治化の政治イデオロギー」であるという。
経済側面のために政治が動員されてきたこの脱政治化の流れは、
・市場化と私有化の下、権力エリートとブルジョワジーの違いが曖昧になる
・グローバル化の下、経済管理権力を超国家システム(WTOなど)に委譲する
・国家は市場発展の一機関と化し、左右の政治対立が経済コントロール問題となった
として、70年代後半から90年代にかけて起こり、
不平等を自明とする新自由主義の布石となった。
著者は、不平等の問題化は、この脱政治化から「再政治化」が不可欠と指摘する。

政治と経済の“現代における”関係性の把握の難しさを、
うまく解きほぐしてくれたように感じた。
また、この論文は現代中国の政治への問いかけであるが、
一方で、55年体制の根本で相変わらずもがいている日本の現状にも当てはまるのではないか。
1955年結党以降、自由民主党は社会党をゆっくりと弱体化させながら、
政治問題を経済へと向け、高度経済成長を達成させた。
一方で、政官民の癒着と許認可行政(本田技研の自動車参入への通産省の壁など)、
親方日の丸の経済構造をうみ出した。
これは、市場開放以降の中国共産党の「脱政治化」と類似する。


第二章は、沖縄について。
著者の東京大の客員教授としての六ヶ月間の日本滞在中に、
沖縄に行ったとき印象から、叙述が始まる。
第二次大戦の日本の被害を記憶する土地として、広島と沖縄を比較していた。
興味深かったのは、広島の隠された二面性だった。
原爆の落ちたヒロシマではなく、軍事的要所としての廣島だ。
大本営(天皇直属の軍統帥機関)は市ヶ谷(現・防衛省)にあり、
敗戦間際に松本の地下壕に移されかけた、という史実は知り及んでも、
日清戦争時には広島に置かれたと知る人は少ない。
政治面のみならず経済面でも、広島は一大軍需工場集積地だった。
加害者側面と被害者側面、これがその二面性だ。とどめ置くべき指摘だ。

沖縄の社会運動は極めてはっきりしている、という著者の記述にはっとさせられた。
脱政治化されずに脈々と続く社会運動、という極めて珍しい事例のようだ。
確かに、沖縄には地上戦、軍事占領、基地問題、という近代史が帰結しており、
日本帝国主義、米軍、安保、という政治問題にずたずたにされた地だ。

この章では、近代以降に国際法が欧米からアジアへ拡大された19世紀中盤を境に、
アジアの冊封関係の多重性が、西欧の国家観の平等性・均質性に取って代わられたと指摘している。
不平等条約を結ばされた江戸幕府=朝廷政権の日本が、
ウィリアム・マーティン訳『万国公法』に説かれた国際法の知識
(=欧米の植民地支配の理論的正当性)を得て
征韓論をはじめ今度はアジア他国へ不平等条約を強いた流れだ。
日本を列強にまで成長させて「アジア人でアジア人を伐つ」戦略を
1872年にアメリカが用いたという事実(p.162)には、寒気がした。
以降、日本と中韓の対立という形で歴史が進み、戦後の冷戦期にも続いたことが、
この戦略に沿っているからだ。

後半では、米英中露の四者での戦後の国際秩序における沖縄の位置について
『蒋介石日記』から、非常にミクロに論が進められる。


第三章は、チベット問題の中国史的位置づけと、西洋からの反応との齟齬について。
西洋の視点によるチベット観をオリエンタリズム的とする分析、
清朝の冊封関係に対しての列強の覇権拡大による民族意識の植え付け、
中華民国の民族政策、中華人民共和国の自治政策、という流れで、論じられている。


どの章も、西洋の視点では持ち得ない洞察が、非常に興味深かった。
特に、第二章の沖縄問題は、個人的に9月に訪沖時の同様の刺戟も手伝い、
いろいろと勉強になることがあった。

経済とネーションステートという、
対立概念でありながら相互補完関係にあるこの不可思議な両者を、
その成立から考察する上での、ヒントとなった。

10.10.11

倉橋由美子『聖少女』

(ひと月ほど前に読了していたが、感想を書く暇と気力がなくて)

初期の(つまり「芽むしり仔撃ち」から「政治少年死す」までの)大江健三郎作品と、
文体や若さの描き方の点で、似ていると感じた。
ただ、倉橋由美子のほうが超現実的な、
少し問題をファッション化しているように思った。
それは「パルタイ」がそうだった。
そのスタンスは、1960年代には新鮮だったのだろう。

『聖少女』は、カーニヴァル的な祝祭空間に、作品の舞台を置く。
そのため、主人公の少女も語り手の少年も悪童でなければならないし、
それが過ぎたときには、実は非常に頭の良い人物でなければならない。

矢部宏治『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』

9月に行った沖縄県平和祈念資料館の売店に平積みされていた本。
この本は単行本でも新書でもなく、観光ガイドと銘打たれている。
写真家の須田慎太郎も共著者で写真に多くのページが割かれているから、
写真集であるともいえる。

平和記念資料館は糸満市摩文仁の丘の、平和記念公園内にある。
沖縄戦は1945年3月末の慶良間諸島、数日後に本島中部の北谷に米軍が上陸し、
6月に最終決戦地となった南部で23日に牛島司令官が自決するまでの戦いで、
沖縄民は激しい戦闘だけでなく、窮鼠状態の旧日本軍に蹂躙された。
その記憶を重厚に残している。

──と、それまでは考えていた。
しかし、平和記念資料館に収められた内容は、それだけではない。
明治期に沖縄県設置によって琉球王国が廃止されて以降、
社会的に名字改名を強要し、本土の日本人より低く見た待遇といった戦前の差別から、
米軍指揮下の琉球政府の非民主主義的な施策、
その軍事占領から脱するための本土復帰への願いが
軍事基地付きで果たされるという裏切りと失望、
そして、この基地問題の解決と真の平和を祈る毅然とした態度──。
この沖縄の近現代史が、日本国でも日本人でもなく沖縄・沖縄民の立場として、
毅然と語られ、決して忘れまいとする態度が、
この平和記念資料館から得た印象だった。

平和記念資料館にて。方言弾圧は明治期に日本中で行われたが、改名を伴った例を他に知らない。

本土復帰(1972年5月15日)当日の新聞。“基地つき復帰”の苦悩が見える。

帰浜後にこの本を入手して読んだ。
沖縄本島を中心にして、沖縄に散りばめられた基地を、
美しい写真とともに紹介している。

知らないことだらけだった。
1953年の来航直前にペリーが沖縄を占領目的で視察していたことをはじめ、
ハーグ陸戦条約の「掠奪はこれを厳禁とする」に違反して没収した土地や財産に
米軍基地は築かれていること、
1972年まで核兵器が最大1200発も沖縄に持ち込まれていたこと、
沖縄本島全土の軍施設を結んでパイプラインが敷かれていること、
沖縄の基地はアメリカ本土の基準を満たさない危険な運用をなされていること。
まだまだある。
でも、そういった軍事的なことだけなら、どれだけよかったか。

戦後、全面講和を望んでいた世論は、朝鮮戦争の緊迫した政局で煽られた後、
GHQ下の日本政府は1951年のサンフランシスコ平和条約(多数講和)へこぎ着けた。
そしてそのたった6時間後、吉田茂は日米安保条約に調印した。
アメリカの軍部が9日で書き上げた日本国憲法、
サンフランシスコ平和条約、そして日米安保条約。
この三位一体が、反共の防波堤としての日本の戦後の地位を気づいた。
1955年にCIAの多額の支援を受けて、左派に対抗するために自民党が結成され、
日本テレビが、アメリカ式娯楽を放送する日本初の民放として、
これまたCIAの資金援助で占領終了の1953年に誕生。
55年体制は、日米安保と日本国憲法の矛盾を、
日米地位協定とその厖大な密約で接ぎ木して、
単に経済発展にだけ関わる脱政治化された政治体制、としてまとめている。
いや、砂川事件と伊達判決(1959年)によって、
日米安保条約が最高裁に優越するという、まさに異常な事態を常態化した。
そしてそのまま、基地問題に手を打てないまま鳩山首相が辞任するなど、
この米軍至上主義は、自民党政権を離れてなお続いている。

この絶望的な状況が語られた後、一縷の希望が紹介される。
憲法に外国軍駐留を盛り込んで、見事に真の独立を果たしたシンガポールの例だ。
世界情勢だのアメリカとの同盟関係だのではなく、
基地問題という最大の棘を、直視すること。
それこそが、今なお続く沖縄の苦痛に目を向け、
これからの世界と日本の方向性を決めることだ。
その勇気が今の日本にあるとは、あまり思えないけれど。
しかし、来るべき時のために、そっと勉強しておこうと思った。

また、アメリカの法治と軍部の二律背反性が、ときどき馬脚を現すようだった。
日本が軍部を法治できなかったのと同じように、
現代のアメリカが軍隊の自己増殖を
民衆レベルではもはやどうにもできなくなっているのではないか。

14.9.11

倉橋由美子『パルタイ 紅葉狩り』、イタロ・カルヴィーノ『不在の騎士』

○倉橋由美子『パルタイ 紅葉狩り 倉橋由美子短篇小説集』

デビュー作「パルタイ」ほか、初期のものを中心に編んだ短篇集。
作品には良い意味で現実感がない。
抒情を排したアンチリアリズムの文体が光る。
そういった意味で、村上龍『限りなく透明に近いブルー』を思い出した。
第19回群像新人文学賞受賞時の銓衡委員も異口同音に選評に述べている。
「最も糜爛した部分を、悔恨も悲哀もなく描く」(井上光晴)
「いやらしそうでいやらしさをおぼえさせぬということは、かえって清潔である」(小川信夫)
「熱い材料を処理するその手際は冷静といふか寧ろ冷たい」(福永武彦)

両者ともに、非常にセンセーショナルなものを題材にしていて、
そういったソフト面での刺戟も読んでいてあるのだが、
実はそれ以上に作品に込められているのは、文体というハード面である。
倉橋由美子のほうが、その傾向は強く感じられた。
「囚人」「蘆生の夢」は反復に閉ざされる物語であるし、
「霊魂」「紅葉狩り」は恍惚とした先の死がきらびやかに描かれている。


○イタロ・カルヴィーノ『不在の騎士』

「我らの祖先」三部作の三つ目。
主人公は鎧を身に着けた空虚、つまり存在しない騎士。
『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』とは異なり、
主人公に語りのスポットが置かれているわけではない。
そういった意味で、登場人物のどれも作り込まれていて、
物語の進行も面白かった。

最後、物語の主題として「存在」という理由の問いかけが、
急に読者に投げかけられてくる。
そして、「希求」という一回答が。
最後、語り手さえも擱筆して修道院を出てしまった後、
読者に残された大いなる問いかけだ。

28.8.11

『アラン・ケイ』、イタロ・カルヴィーノ『パロマー』

○アラン・ケイ『アラン・ケイ』(鶴岡雄二・翻訳、浜野保樹・監修)

アラン・ケイは言わずと知れたゼロックス社パロアルト研究所の研究員で、
次世代の情報端末「ダイナブック」を構想してGUIやWYSIWYGのさきがけとなり、
オブジェクト指向プログラミングを考え出した。

ケイは、コンピュータをメディアと捉えた。
そして、初めて触っても使えるコンピュータを指向し、
パーソナル・コンピュータの概念を定義した。
巨大な汎用コンピュータの時代に、これは先見の明以外の何ものでもない。
ケイが空想的、SF的ではなかったのは、技術的な裏づけや教養による。
マクルーハンをコンピュータの進歩を予想する補助線としたし、
LOGO言語によるコンピュータの教育支援を重要視した。

この本が古典なのは、語られている内容が常に新しいからだ。
例えば一つとして、技術進歩史の普遍性が解き明かされている。
これは教会と聖書というグーテンベルクの技術史に始まり、
テレビによる映画のシェア低下、コンピュータ・ゲームなど、
新消費ジャンルの黎明と普及の一般性だ。
この本はユーザを放置した日本人技術者にぜひ読んで欲しい。
「未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことである」
という名言を地で行く、そんなマインドをこの本から読み取ることが出来る。


スティーブ・ジョブズがAppleのCEOを退任する2週間前に本書を読んだ。
だから、タイムリーといえばタイムリーだ。

パロアルト研究所の見学を、ジョブズは自身にとっての
「これまでに起きた最大の事件」と言っている。
ケイのダイナブック構想はジョブズによってAppleに持ち込まれ、
Lisa、Macintosh、NeXTを経て、現在のMac OS Xへと系譜を辿る。
ケイの存在なくして、コンピュータはパソコンにはならなかった。


○イタロ・カルヴィーノ『パロマー』

『見えない都市』のように、物語の外で文学の構築を試みるカルヴィーノは、
ボルヘスほど極端ではないが、近い位置にいる。
文学の重要な位置を物語が占めるが、カルヴィーノにとって文学はさらに広くて、
ものの捉え方や思考様式の実験性だ。
虚実の境目を自由に乗り越えて思考や世界を実験する場。
もっとも、『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』のように、
小説は固より物語外を含めた、思考する空想舞台だった。

『パロマー』は、パロマー氏の思考の記述だ。
パロマー氏の思考は自在で、鳥の眼を借りて街を俯瞰し、
不揃いなサンダルのもう片方の行方を追って時空を超える。
白子のゴリラの人間に似た姿、孤独で不安げな様子を描写し、
爬虫類園から、空調に操られた脆い楽園を、人間のいない世界という人間中心へのアンチテーゼを、読み込む。

「宇宙は、わたしたちが自分のなかで学び知ったことだけを瞑想することのできる鏡なのだ」(Ⅲ・3・2 鏡の宇宙)
パロマー氏は宇宙のすべてを見ようとする。
そして、それが結局はパロマー氏にとっての宇宙でしかないことを知る。

結末は圧巻だ。記憶、記録、そして時間。これらを制御しようとする人間の欲求が、
傲慢とばかりに潰される瞬間で、本書は終わる。

14.8.11

イタロ・カルヴィーノ『木のぼり男爵』

成人した12歳のときから65歳で死ぬまで、木の上で暮らしたコジモの物語。
木の上の生活、移動、仲間、近隣住民との交流、爵位継承、などなどの物語が
まさに物語として語られる。
木の上から世界を見晴るかしたその生き様は、
あらゆる境界を越えて人間へと向かう素朴で暖かい理想主義者として語られる。

木の上に登った日に出会った少女ヴィオーラとの
甘くも容赦のない情熱のぶつかり合い、その果てのすれ違いから、
愛し合いながらも生き別れる運命が語られる簡潔な描写が最も美しかった。

ヴィオーラを失ってからは17世紀末の近代へと物語が進み、
革命や戦争を経て、コジモは年老いてゆく。
物語は時代を描写して展開を見せるが、ヴィオーラの影から逃れられない。
革命前の不穏な空気を代表して、陳情書を、
しかし皆の希望を書く「陳情幸福帳」を残す下りは象徴的だった。

[...]菓子パンのことを書くもの、野菜スープのもの、金髪の女がいいと言うもの、褐色の毛がいいと言うもの、あるいは一日じゅう寝ていたいものがいれば、きのこがあれば一年じゅうでもいいものもいたし、四頭立ての馬車がほしいと言うものもいれば、やぎ一頭で満足なもの、死んだ母にもう一度会いたいものやら、オリンポスの神々を見てみたいものまでいた。要するに、この世のありとあらゆる良いことが、この帳面に書かれたもしくは描かれた(字のかけないものがたくさんいたから)し、それどころか色つきで描かれた。コジモも書きつけた。ヴィオーラという名前を。数年来、いたるところに書きつけている名前だった。
 りっぱな帳面ができあがった。コジモはこれを《陳情幸福帳》と名づけた。しかしこれがいっぱいになったとき、持って行く議会なぞどこにもなかったので、そのまま木に紐でぶら下げられたままになった。雨が降ると文字が消えて、腐っていき、そのながめは現在の惨めな暮らしを象徴するようでオンブローザの人たちの心をしめつけ、暴動でも起こしたいという気持ちをみなぎらせるのだった。(p.268-269)

10.8.11

網野善彦『中世の非人と遊女』

境界的な身分である供御人、犬神人、法師、河原者を含めた広義の非人と、
傀儡、白拍子といった遍歴女性の遊女についてまとめた論集。
内容の重複もあるが、非人や遊女を芸能や清めを担った職能民であったとする
網野善彦の説を読み取るのに、良い書物だった。

終章に古代から近代までを概観している箇所が、社会史的で非常にわかりやすい。
七世紀の朝廷による中央集権国家の確立とその弱体化により、
公地公民制は荘園制へ移行、二官八省は令外官へ権力を譲る。
土地々々の所有者を背景に別当・預を置く請負制の社会になり、
職務遂行が利益を生むという一つの経済社会の原形が現れる。
この官庁請負制度が、中世の「職」の原型である(p.133)。
非人、遊女は検非違使に統括され、つまり天皇や神社に直属して
祓いや清めを職分とした「職能民」である、と網野はいう。

祓いや清め、芸能といった実利のない職能は
十三世紀の南北朝時代の混乱期に衰退し、
驚異の存在から穢れの存在へ変わっていった。
中央政権のさらなる弱体化で、存在根拠たる天皇・神社の威光を失い、
自治都市や「惣」といった結束が境界的存在を徹底的に排除したためだ。
また、銭貨流通による貨幣経済の浸透と二毛作や牛馬使用など農業生産向上により、
呪術の助けより経済的実利を求める社会へ移行した経緯もある(p.275)。

このとき、まだ辺境だった関東以北では、貨幣経済の浸透が遅れ、
よって非人・遊女への差別意識もさほど芽生えなかった。
被差別民が部落・遊郭に固定化されたのは江戸幕府の政策によるが、
これは十三世紀頃からすでに蔑視に晒されていた階層の定住化政策である。
明治以降に被差別部落問題が近畿に根強く残ったのは、
その長い歴史の中でのことと、網野は示唆する。

4.8.11

今尾恵介『地図で読む戦争の時代』

均一な国土の概念は近代国家の成立要件であって、
その支配と概念普及のため、地図の作成は国家プロジェクトだ。
国土地理院の前身が陸軍参謀本部にあり、
国土の拡大に伴い朝鮮半島、台湾、満州までも測量している事実からも、
その目的の一端は読み取れよう。

そして、現代。日本国とロシアの両邦が主権を主張している北方四島も、
領土であるからには国土地理院が地形図を作成している。
しかし実質的にはロシア領であるため、大正年間の測量の街並が
甘い時代の記憶のようにいまだに残されている現状は、二枚舌を感じさせる。

この事象のように、この本で触れられている"戦争の時代"の幅は広い。
世界中が戦争を経てきたのだから、地図を漁れば戦時中の名残りにぶち当たる。
その広汎な名残りを救い上げて、解説してくれる。
私個人としても地図や路線図を眺めるのが好きだから、
この本を非常に面白く読んだ。

随所に現れるのが第二次大戦中の防諜としての地図改竄だ。
広島の多久野島は毒ガスを生産し、地図から消された島として有名だが、
そのレベルではないにしても地形図の至るところで
「戦時改描」が行われていたとは、初めて知った。
工場が住宅地や空き地などとして書かれ、軍港から等高線の表示が消える。
しかし住民は真実を知っているし、米軍もちゃんと把握して目標を攻撃した。
そして現代に至って、このことを知らない者を額面どおりの誤読へ誘う。

「建物疎開」なるものが行われていたことも知らなかった。
田舎への疎開とは違い、建物疎開は延焼を防ぐため建物を壊して道を拡げること。
そして、それが例えば名古屋の久屋大通になり、
京都の堀川通や御池通を拡げてモータリゼーション対応に役立った。

こういった生活レベルでの多大な犠牲は、意外と我々は知らない。
それを読み取る能力と、その悲しみに共感できる想像力。
作者は両者を多分に持ち合わせた文体で、地図から時勢を掘り起こす。

29.7.11

イタロ・カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

『われわれの祖先』三部作の一。
トルコとの戦争でまっぷたつになって帰還した子爵が悪の権化となり、
善のもう半分と戦い、そして一緒になるまでが、寓話的に語られる。

寓話的な物語論理が支配しているから、ストーリー展開は読める。
しかし、そういう物語はクライマックスの運びが、結末への着地が難しい。
この作品のさわりは、二つの半分ずつによる決闘だろう。
剣が相手へ届くが、もう半分のあったところばかりを切り裂く。
それは、刺している身のあったところだ。

また、善と悪の奇妙な一致も面白い。
完全だったころにはわからないものが見える、そう二つの半身は呟く。
そこで、この小説で描かれる善悪とは、関係性においてなのだとわかる。
憎しみや妬みが悪、慈しみや哀れみが善。

26.7.11

穂村弘『短歌ください』、フィリップ・ロス『さようなら コロンバス』

・ 穂村弘『短歌ください』

同名で『ダ・ヴィンチ』に連載の記事をまとめたもので、
読者からの投稿から優れた短歌を載せ、著者がコメントを附している。
選者が穂村弘だからか、はっとさせるような口語の短歌、
穂村弘っぽいものがほとんど。
気に入った歌をいくつかメモしておく。


 カーナビが「目的地です」というたびに僕らは笑った涙が出るほど
 君は君の匂いをさせて眠ってる同じシャンプー使った夜も
 たくさんの遺影で出来ている青い青い青い空を見上げる
 「ねえ起きて」ほっぺを軽くはたかれて思えばあれが最初のビンタ
 この空を覚えていようと誓った日そのことだけをただ覚えている
 ほんとうのこと(今日世界で死に果てた羽虫の総数など)を知りたい


共感できる一瞬や一主観を捉えた静画のような歌が多く、面白かった。
それにしても、素人とプロとの違いが透けるようだ。
両者の相違が曖昧だとしても、こうして比較が膨らむと一般性が見えてくる。

素人はやはり自分の体験に立脚していて、
そこから一般性が取り出されて共感や感動に至る。
プロはもう体験は薄い。
主題がすでに虚構の域にあって、アンチテーゼの位置から現実を貫通する。
そんなように、読んで感じた。
読みやすさという点では、むしろ素人の歌で秀逸なもののほうが勝ろう。


・ フィリップ・ロス『さようなら コロンバス』

ロスのデビュー作。描写が軽やかで爽やかだった。
ユダヤ人家庭の貧富、街の貧富と、
それを乗り越えようとする若い人々の意識されざる苦労が、
主題とは別のところで鮮やかだったように思う。

11.7.11

北條民雄『いのちの初夜』

彼の本名はわからない。
癩病患者が隔離されて社会的に生きられなかった時代で、
小説家=ジャーナリストとして隔離施設の内情を描こうにも、
本名を使うことは肉親のためにできなかった。

ハンセン病の患者がすでに人として死んでいて、
そこには単に生だけが生々しくある、という主題。
現代であれば差別的、当時の風潮は、云々の書評は不要。
例えば戦争文学だと思って読む、そうすれば別の見え方になろう。
そうやって透ける骨組みが、この小説の純粋に文学的な価値だ。

第三回芥川賞候補作に挙げられ、受賞は逃したが川端康成などから評価された。
室生犀星が「斯る作品はこの「いのちの初夜」一篇によつて
その文学使命を完了してゐる」と選評で云ったように、
小説というよりジャーナリストの取材のような傾向も多分に読める。
なお、その回の受賞は石川淳の『普賢』。

私も同じ理由で、この作品を知っていながらも長らく読まなかった。
しかし、今回ふと手に取って、面白く読んだ。
現状に屈しながらただ一つ屈せずに小説を書いている病の軽い佐柄木という青年が、
そのいやに光溢れる義眼が、この短篇で光っている。

山川元『東京原発』、フィリップ・ロス『父の遺産』

○山川元『東京原発』

福島原発事故以前の2004年の作だが、
この今観るとそのブラックユーモアが揃いも揃って現実の問題を揶揄している。

東京に原発を誘致しようという天馬都知事が、本気で誘致しようとしたのか、
それとも原発問題を都市の人間に考えさせるために突きつけた剃刀だったのか、
それは結局よくわからなかった。
ストーリー的には後者が次第にほの見えてくる真意、ということになるが、
そちらが前者の衝撃に比して弱く、結局はうやむやに記者会見を迎える。
この肚の見えない摑みどころのなさが、わかりやすい展開の中で唯一残り、
原発の、見えない放射能や利権構造を思わせる不穏さを覚えさせられた。

場所が会議室から、核燃料を積んだトラックをジャックした少年との戦いへ、
舞台が机上から溢れ出て手に負えなくなってゆくストーリー展開が面白いと思った。
爆弾を解体した知事の捨て台詞「この世に絶対なんてあってたまるか」が、
そのまま原発の安全性への疑問へと繋がる。

天馬という都知事の名字は、鉄腕アトムの生みの親の天馬博士からか、と思った。


○フィリップ・ロス『父の遺産』

ロスの父に脳の腫瘍が見つかってからの父と子をめぐる、
回想を織り交ぜた苦闘を描いたノンフィクション。
しかし読者にとってこの作品は小説以外のなにものでもない形状をしている。

この作品がフィクションをどの程度含んでいるか、読後に興味を持った。
この澱みなくストーリーの展開する書き口が、フィクションの文体なのかどうか。
もちろん、構成はあるだろう。回想により時間軸を超えることで、
小説の構成力は格段に向上する。
あるいは、父という強烈なキャラクターをめぐる思い入れの深い出来事には
ありとあらゆる意味や隠喩が自然と込められていて、
想像力が何ごとも未解釈のまま抛ってはおかないのか。
おそらく、物語とはそういうことなのだろう。
フィクションであろうとなかろうと、
解釈と構成がはたらけばそれは小説の形を取る。
そして、その語り手が現代アメリカを代表するフィリップ・ロスの文体である、ということだろう。

1.7.11

ミッシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ボン・ジュノ『TOKYO!』

2008年公開、外国人監督による日本映画三作のオムニバス。
同年だったかに同じく東京を舞台にした黒沢清『トウキョウソナタ』が
あまりに現代日本的なステレオタイプな私小説的な文法で失望した反面、
外国人監督の手になる三作が(特に後半二作が)それぞれに新しさを帯びている。
いや、新しさというよりも、東京を、現代日本を描くにあたって、
"東京"という日本人にとって良くも悪くもかけがえのない都市の特有さを
一度括弧に入れるという行為ができるのは、国外からの視点だけだろう、
そう強く感じさせられた。

オープニングでは、東京のビジネス街、繁華街、住宅地といった
雑多に密集した高密度都市の影絵と雑音が響く。
我々の聞き慣れた都会の音だ。
なのに、このオープニングから強く感じるこのアジア的な東京の印象。
日本人の考える"東京"を括弧に入れるとは、
この80年代以降で急速に飾られたうわべの取り繕いを外すことで、
雑多な現実と洗練されたイメージの奇妙な同居と特異性、
それゆえ続くビジョンの欠如という原題の閉塞から抜け出すことだ。

三作の新軸とは、別段新しいわけではない。
我々にとって複雑で、捉えるにも手に負えなくなっている"東京"を
アジアのメガロポリスとしていとも単純に捉え、
むしろ50年代から60年代にかけてのような一見荒唐無稽なストーリーの
一舞台に仕立て上げてしまう試み、これがむしろ新しさだ。
いや、こんなことさえ新しく感じられるほどの
冒険やストーリーの欠如が問題なのだが。


ミッシェル・ゴンドリー「インテリア・デザイン」は、
東京の住宅事情と目まぐるしさに負けて自分が家具になってしまう話。

レオス・カラックス「メルド」は寓意的で、大島渚が撮りそうだと思った。
メルド(M. Merde=糞)は菊の花と紙幣を食べ、
旧日本軍の兵器の残留する地下道に住み、
日本人を罵倒して絞首刑に処せられる。

ボン・ジュノ「シェイキング東京」は、
誰もがひきこもるという単純な世界観と、地震が取り持つ関係性が、
わかりやすくスピーディーな展開で、楽しめた。

ジョルジョ・アガンベン『バートルビー 偶然性について』

筆生のバートルビーが"I would prefer not to."という有名な科白とともに
仕事をしなくなる、という、メルヴィルの短篇の主題の不思議さに対する評論。
こういったタイプ型のカフカ的世界の小説は、
○○の寓意とする乱暴な読解はなんでもできる。タイプ型で何でも入るから。
そしてその際限のなさに、そういった読解の無意味さを見出だす。

アガンベンはバートルビーの主題をそのまま丁寧に解きほぐす。
書かない者が、書くことを職業とする筆生であり続けるという、
自己矛盾的な状態を、アリストテレスの潜勢力という考えから拡げてゆく。
ライプニッツのいう様相の諸形象は、次の通りだが、


 可能的なものとは存在することができる何かである。
 不可能なものとは存在することができない何かである。
 必然的なものとは存在しないことができない何かである。
 偶然的なものとは存在しないことができる何かである。


バートルビーは第四の形象でありながら、「むしろ」という決まり文句によって
偶然を必然に変えながら同時に筆生としての存在を抛棄する。
前期ウィトゲンシュタイン的にいえば、
言語による可能世界と現実世界の合間を生きるような、そんなありさまだ。
論理学への挑戦とでもいうべき「バートルビー」の主題を、丁寧に分析している。

文法的に非文とも思えるような決まり文句の分析も面白い。
どこを向いているかもわからないtoが、他の登場人物や読書を混乱させる。
非文が文学の可能性を拓く。近代以降、詩はそういった試みだ。
ランポーの«Je est un autre.»に代表されるように。
先月、オーギュスタン・ベルクも立教大学での講演会で、同じことを言っていた。
主語の曖昧さ、揺れ動くような主体という文法が、
ヨーロッパ中心主義を相対化している、と。

22.6.11

塚本邦雄『西行百首』

北面武士・佐藤義清として鳥羽院の覚えめでたい青年期、
待賢門院璋子との失恋を経て出家、
その後は熊野や高野山、伊勢二見など庵を点々として修行、
奥州藤原氏への勧進などを経て、春の望月のころに死んだ西行の、
朴訥とした、あるいは新古今歌人らしい技巧光る歌の数々。

百首には塚本邦雄のいう「歌屑」も含まれているが、
乱世下の生き様を照らせば透ける西行らしさを
そのまま愛でる態度を厭う節もわかる。
逆に、それだけ西行の歌には荒っぽさとむらがあるし、
秀歌ははっとするような鋭利さに輝く。

気に入った歌としては、「鴫立つ澤の秋の夕暮れ」を筆頭に有名どころ、
 ほととぎす深き峯より出でにけり外山の裾にこゑの落ちくる
 きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか聲の遠ざかりゆく
 津の國の難波の春は夢なれや葦の枯葉に風わたるなり

 古畑のそばの立つ木にゐる鳩の友呼ぶ聲のすごき夕暮
はすさまじい。古畑、そのそばの一本木、独りとまった鳩、と
寂しい視界が狭まったすえに、夕暮れに映える凄まじい鳴き声が響く。
情景そのものも色合いのコントラストがあるし、何より聴覚に訴える。

 月冱ゆる明石の瀬戸に風吹けば氷の上にたたむ白波
は、夜ながらも「明し」(明石の掛詞)月のために、
氷も、その上に寄せる白波も、冴え冴えと寒い。そんな夜の海岸が思い浮かぶ。

他にも、
 おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風
 見しままに姿も影も変わらねば月ぞ都の形見なりける
 吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらむ
 ほととぎす聞かで明けぬと告げがほに待たれぬ鶏の音ぞきこゆなる

要は、どの歌も自分の心象風景なのだ。
だからこそ、私小説に似た執念深い吐露が、時には技巧的に、時には朴訥と出る。
その情景が切実さとリアルさをもつとき、歌が冴え渡る。
玉石混淆というのはそういうことなのだろう。

16.6.11

尾崎翠『第七官界彷徨』

作品は円環的。
登場人物がみな親類で似通っていて、
部屋は決まっていても定位置なくふらふらする。
赤い縮れ毛もネクタイも栗も、ひとたび登場して打ち棄てられることがない。
作者のあとがきによれば、作品の頭と尾が噛む構成となるはずだったとのこと。

古さに穴の空いた天井を見上げていると井戸を覗く心地が語られる。
主人公は小野町子だが、別の登場人物から別の一人を覗いても、
同じようにぐるぐると円環的に物語を彷徨できそうな気がする。
この閉ざされた不可思議な空間を、作品の空気としてたゆたう心地が、
第七官界彷徨なのかもしれない。

不思議だ。過去に読んだことくらいありそうなほど、この空気感は心地よい。
それなのに実際は、かつて読んだことのない仕立てだ。
そう感じた。

10.6.11

津波から二ヶ月、福島の状況は?(ル・モンド記事の邦訳)

フランス紙Le Monde電子版の« Deux mois après le tsunami, quelle est la situation à Fukushima ? »をざっと邦訳した。2011年5月12日発表、20日修正の記事なので古いが、速報というより統括の記事であるため、専門家の発言が今後のために有用か。原文は次のURLから。

http://www.lemonde.fr/planete/article/2011/05/12/deux-mois-apres-le-tsunami-quelle-est-la-situation-a-fukushima_1520421_3244.html

------

津波から二ヶ月、福島の状況は?

発表の重要性は危機の大きさに釣りあう──菅直人は5月10日火曜日、核の惨事が終わりを迎えないかぎり、福島第一発電所首相としての報酬を受け取らないと宣言した。

3月11日のマグニチュード9の地震と大津波から2ヶ月、仙台地域の現状は平常にはほど遠い。当地への電力供給会社である東京電力は、原子炉を"停止冷却"状態に戻すには今から2012年1月までかかるとしており、フランスの核専門家は、燃料冷却の操作にはさらにかかるとみている。

「発電所を制御下に起き、周囲への放射能飛散がないと保証できるまで、少なくとも1年かかる」と、放射能保護・各安全研究所(IRSN、フランスの機関)の安全性担当主任ティエリ・シャルルは推定する。「従業員は設備内での[放射能]増加にしたがってますます被害が明らかになり続けるだろう」

※au fur et à mesure de…〜につれて次第に


 冷却の永続

今のところ、4つの初期型の原子炉の燃料を冷却するという作業が優先される状況は、2ヶ月前と変わっていない。「現在、炉心とプールの温度を下げるために毎時6〜10立方メートルで真水を注入しているのは、間に合わせのポンプとタンクローリーだ」とティエリ・シャルルは説明する。「目標は、恒常的に安定して機能する冷却システムに入れ替えること。それにより、原子炉から出る水を冷やすことができ、炉心に直接に再注入できる。それにより、作業員は燃料外部の汚染水から逃げなくてすむようになる」

※名詞の前のpremier複数形は「初期の」。
 de fortune…仮の
 eau douce…真水

というのも今日、炉心へ注入されている水は、蒸発するほかにも、一部が設備内に漏れ出ている。結論としては、90,000トンの高放射性の水が土地の各所にとどまっており、絶えずくみ上げなければならない。途方もなく、とうてい長くは続けられない仕事である。

日曜日[=5月8日あるいは15日と思われる]、十人程度の技術者が福島第一原発の原子炉の建屋に入ることに成功し、新しい冷却システムの設置を準備した。日本の報道によれば、作業はこれより3週間から一ヶ月で完了するよう期待される。


 飛散リスク軽減のために

同時に、東京電力は別の脅威を脱した。炉心のうち1つの爆発の可能性である。敷地内を囲い込んでも3月11日以降もはや漏れがあり、気体が原子炉に入り込みうる状態だ。ところが、原子炉もまた、燃料の破壊で生成される水素を含んでいる。二者は、敷地内で相互に作用すれば爆発を惹き起こしうる。

「東京電力は常に原子炉への液体窒素を注入することでそこの気体を充満させ、液体が漏れ出ないよう尽力している」と、ティエリ・シャルルは報告する」


 放射能の飛散を食い止める

ここ数週間で作業は速くなっているが、それは、毎日ますます周辺の放射能が減少しているために作業がやりやすくなっているということだ。3月15日、大気中への放射能飛散がもっともひどく、放射線量は1時間あたり100ミリシーベルト近く達した。こんにち放射線量は100マイクロシーベルト、すなわち1000分の1あたりで上下している。

一つ目の説明。放射能の大部分は、原子炉の爆発で惹き起こされたからには、3月15日から21日の間に飛散した。「4月上旬からは、飛散はほぼ制御されている。燃料が冷やされているため、新たな飛散元はない」と、核工学技術者でありパリ高等技術学校教授のブリュノ・コンビーは説明する。

当地にある放射能はつまり、2ヶ月前に発散されたものだということだ。ところで、大半としては、放出された放射性元素はヨウ素131であり、その半減期は8日間。「今やもうヨウ素はほとんど消滅している。主に残留しているのは半減期30年のセシウム137だが、放射性ははるかに弱い」と、彼はつけ加える。

※le fait de [que] …〜ということ

一方で、汚染除去作業は当地の放射能を減量させた。200から300の人員がそのために働いていて、放射性物質の固定のため地面に樹脂を流し込む。「彼らはまた徹底的に、原子炉のまわりに広がった高放射性の瓦礫を除去している」とティエリ・シャルルはつけ加える。「彼らは一方では、敷地外部へ放射性の水が流れ出さないよう、土の裂け目を埋めている」。進行中の作業の後ろ盾として、その雇員たちはまた、新たな津波からの城壁のように、高さ2メートルの堤防を築いているところだ。


 「作業は20年に及ぶ」

「少しずつ危機的局面からは脱しているが、依然として状況はあやふやだ」とブリュノ・コンビーは息をつく。なされるべき作業の広がりは実際に著しい。ひとたび新しい冷却システムが稼働すれば、東京電力は燃料の解体に取り組まざるを得ない。ところで、福島第一の敷地には25近い炉心が、つまり2,500トンものウランやプルトニウムが、タンクと燃料プールの間にある。「アメリカではスリーマイル島の事故の際、原子炉1基の破壊された燃料を除去するのに12年かかるとされた。副詞までは、少なくとも4基はダメージを受けているため、作業は最低でも20年に及ぶだろう」とティエリ・シャルルは想定する。

※s'atteler à…(困難な仕事)に取り組む

発電所の近隣地域が汚染されたままでありうる期間も、同程度だ。「放射能の数値がいくら低下したところで、土壌や地下水層、食料は強く汚染されたままになる。敷地から100キロメートル離れていてもだ」と、Criirad(放射能に関する独立の研究・情報の委員会)の主任コリーヌ・カスタニエは力説する。

※nappe phréatique…自由地下水

1986年にチェルノブイリで起きたこととは反対に、日本では最初の放射能飛散の前に8万人近くが避難した。しかしその団体にとって、禁止区域の半径(20km)は不十分だ。「来るべき数年以内に」とコリーヌ・カスタニエは宣言する。「日本国政府が請け合うよりはるかに重大な健康上の結果が出ることを、われわれは恐れている」。

30.5.11

朝吹真理子『流跡』

書物の文字の流れてできた人が流れ流れて辿る人生(?)が綴られる。
途中、電車でその書物を読んでいたであろう人物の日常も挟まり、
そこにも、文字の流れてできた陽気な虚妄が混じり込む。
人生も文字のようにばらばらな原子となって流れ流れて百万回生きる、
それでは書物の語りが現実に溶けて生きるのと何が変わろう、
この奇妙な文学肯定は、味だとしかいえない。

文字がばらけてできた流れであれば、
もとの配列の謂いとしての文学を再構成できるんだろうか。
そこまで"作者の意図"が及んでいたら凄まじいものだが。

歌舞伎を研究する大学院生らしい饒舌にこじゃれた文体も、テンポよくて読みやすい。

小川国夫『悠蔵が残したこと』、小林正樹『切腹』

・小川国夫『悠蔵が残したこと』

短篇集・角川文庫。
作者の故郷・藤枝とその近辺を舞台とする短篇群に加え、
『アポロンの島』のような南欧バイク旅の短篇が少し。
港町での若い男女の話を女性の視点から描いた作品がいくつか続き、
そうした試みで書かれたいくつかの作品なのかもしれない。
ゆっくりした少し暗い日常の中でさざ波のような変化が、
情緒的な文体で決して感情が荒げずに綴られていて、
それが静岡の温暖で豊かな風土とも合致しているように感じられる。
作品は違えど、同じ風土は同じような色と風合いで纏められている。
軽便鉄道と大井川がときどき舞台としてちらちらするし、
サッカーの盛んな土地柄から、サッカーの風景も映り込む。

小川国夫は、心理描写の鋭さと文体の的確さにはっと息を呑むところがある。
どこを引用しても、それが短歌の一首のように豊かにふくらむ。

 骨洲港が白い単調な渚を、わずかに区切っていた。少女時代、彼女にはその港が視野の中心にあった。朝たまたま浜に来て、鷗の群にまといつかれ輝いている港を見て、彼女は心を引き立てられたことがあった。そこには物語がある気がした。彼女の少女時代そのものが、いくぶん物語だった。[…]
 しかし、もうそうではなくなっていた。骨洲の港すら、いかにも小さく、魚を揚げても排けない土地の港らしかった。大井川の南にとりついた、一個の牡蠣殻といったところだった。(p.210「河口の南」)

この描写の謂いは、どんな大人の心にも大切にしまい込まれているはずだ。
生まれ育った世界が閉じて満たされ、しかしもうそうではない、という郷愁。
幼い世界は、地図上では単なる一集落にすぎない。
海辺も山中も下町も、戦後は団地も、そこに生まれ育てば同じこと。
地図には還元できない。


・小林正樹『切腹』

1962年、松竹映画。
武士道とか侍魂なる建前が嫌いな自分にとって、
まさにそのアンチテーゼが作品の主題であるため、
とても面白く観ることができた。
二時間ほどのうち後半で、ことの繋がりがわかってきて、
一気に面白くなる。
構成の綿密な映画とはこういうもの、の好例だろう。
基本的に井伊家の庭先から舞台が動かないので、
演劇作品にしてもらえれば好いと思う。

16.5.11

三好十郎「胎内」

3.11以降の状況についてヒントにすべき作品、として、
ある文藝評論家から教えてもらったので、読んだ。

ブローカー業でせしめた金とともに戦時中に作られた洞窟へ逃げ込んだ花岡と村子、
そして戦時中に動員されて掘った洞窟へ戻ってきたインテリの佐山。
この三人が閉じ込められ、脱出を試み、衰弱し、果ててゆくまでの戯曲。
極限状態で生きる意味と行きた意味、そして戦争で変わった人生を語り、

とうとう三人とも衰弱し切った最後の場面は、静かで派手さはないが印象的。
佐山と村子の互いに無関係な譫言がもつれ合ってゆく哀しさと、
花岡の、孤独に札束を数えながらやがて
掌中の紙切れの意味が分からなくなる孤独な影が、
三人揃って最後の蝋燭の光に揺れる。
慾を隠さず女と金とともに生きてぎらぎらした花岡、
戦争で人生が狂い、強い男に引かれながらも前の夫を忘れられない村子、
動員されて弱い身体に鞭打ち、戦後は腑抜けとなったインテリの佐山、
戦争を経た三者三様、洞窟の中ながら結局は和することのなかった三人が、
最終的には同じ身体の影をゆらゆらさせて死ぬ。
この結末が、彼らそれぞれの生きる意味や登場人物分析より先にまず作品の意だろう。

50年代後半から60年代のどす黒い閉塞感があるが、初出は1949年の「中央公論」。
戦争を生き抜いて間もないのに、なぜ命を粗末にするがごとく三人が死ぬのか。
戦争を経て生まれ変わった、何もかも変わった、というように、
過ぎた嵐としての戦争がたびたび言及される。
一方で、人はみな死ぬ、洞窟を出ても閉じ込められている、といった諦観もある。
両方の間で揺れて、どちらともつかないまま自分の納得へもぐり込んでゆく。
この目の逸らし方を作者は指摘したかったんだろうし、
時代的解釈を越えて作品が持つ普遍性なんだろうと思う。

松宮秀治『ミュージアムの思想』

世界遺産とはもとより特異な一文化の際を保存するものだったが、
その考え方があらゆる差異への視点と変わり、
どんどん世界遺産が増え、やがては世界のあらゆる差異が
保護区に入れられて、墓として聖別されてしまうのではないか。

そんな具合で、美術館、博物館、図書館、資料館、等といった、
蒐集と保存をする一機関という思想への疑問は、個人的に2年ほど前から持っていた。

一方で、蒐集・保存・開陳というミュージアムの思想は、
すべての世界史的事象が相対化されてリアルとしては
日常近辺しかなくなってしまうという90年代とゼロ世代以降の文学世界に対し、
聖域創出というアンチテーゼになるかもしれない。
では、そもそもミュージアムとは何なのか?
この疑問について歴史的な背景を知っておこうと、この本を手に取った。
しかし嬉しいことに、歴史的な経緯だけでなく非常に多くの示唆を与えられた。

ミュージアムとは、公衆に開かれ、社会とその発展に奉仕し、かつまた、人間とその環境との物的証拠に関する諸調査を行い、これらを獲得し、それらを保存、報告し、しかも、それらを研究と、教育と、レクリェーションを目的として陳列する、営利を目的とせぬ恒常的な一機関である」(ミュージアム規約、UNESCO。p.260より孫引き)
一見すると普遍的に思えるこの思想がヨーロッパ的枠組みで発展し、
ヨーロッパ的な思考秩序の下にある、という考え方が、歴史軸に沿って述べられる。
ヨーロッパ中世の二重権力構造(教皇と世俗君主)から抜け出すため、
世俗君主が自らの正統性や偉大さを固持するための蒐集物を集めた部屋である
Kunstkammer(Kunst=art, kammer=chambre)が、始まり。
その際、画家その他芸術家は単なる職人(art-ist、技芸人)だった一方で、
その根本たる思想家はパトロンからの待遇が破格だった。
神話創出と正統性主張の根拠という役割を保持したまま、
近代以降にはそこに公共性が付与されて公開されることで、
職人に過ぎなかった芸術家が、ドイツ古典主義で徹底的に神格化されて今に至り、
民族意識・国民意識形成に利用される。
また、ミュージアムは有益なもの(動植物など)を持ち帰り、
薬学などに活かすための拠点ともなった。

大枠の流れとしてはこんな感じなのだが、
その論拠や思惟がすばらしい。
例えば、アジアでミュージアム的思想が現れなかった理由や、
大航海時代のアメリカ"発見"が、ヨーロッパ外来種の雑草と、
じゃがいもやトマトなどの有用な植物の不等価交換として捉えられるという思考、
F.ベーコンの著作で示される知の理想型が科学の実用性提唱を示唆するなど、
世界史の読み直しとして非常に面白かった。

5.5.11

石田梅岩『都鄙問答』、ジョン・ダイガン『トリコロールに燃えて』、リー・アンクリッチ『トイ・ストーリー3』

・石田梅岩『都鄙問答』

1935年初版の岩波文庫版で読んだ。
註釈も解説もない漢文混じり旧仮名遣いは薄学の徒にはしんどく、
およそひと月弱もかかってようやく読了。
ただ、内容も梅厳の語りも平易だ。
問答のタイトルどおり、客の問いに梅岩がひたすら答える。
愚かな客に対しても手を抜かず、僧侶や読書人の問いへも物怖じせず、
ひたすら己の哲学を開陳し、そこから回答を見出だす。
梅岩の心学たる思考が、あくまで具体的な形を取って透けて見える。
町人に対する実際的な学問という意味で、問答の形式はわかりやすい。

神儒仏のどれを切り口としても達するところは一つの倫理学、と説く
巻之三(性理問答の段)は、特に興味深かった。
ほかのどこ箇所を読んでも感じられることだが、
要は何の謂いか、という、言説に対する根源的な問いが"心"学たる所以が、
もっとも壮大で深く貫かれている。
また、西田哲学的、東洋的な、差異を見ない無批判な統合も一方で感じた。


・ジョン・ダイガン『トリコロールに燃えて』

両大戦間期から第二次大戦を経た、ギルダ、ミア、ガイの三者の生き様の絡みあい。
ギルダが実はナチス軍へのスパイ活動に従事していたというのは、附会に思われた。
ナチスへ強力してしまう登場人物が主人公にいてもいいじゃないか。
どうして主人公は常に免責されるのだろう。


・リー・アンクリッチ『トイ・ストーリー3』

おもちゃで遊ぶ年齢ではなくなってから、という設定から、観たいとは思っていた。
勧善懲悪っぽい二元論がストーリー展開の迅速さのために導入されていた感が否めないが、
内容としてはハリウッド的な冒険譚で、楽しめて観ることができた。
それにしても、おもちゃというのはみな個性的すぎるほどに個性的で、
アイデンティティが出来上がっているなぁ。
そのための設定や背景があってこそのキャラクターだから、ということか。

15.4.11

アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』

Antonio Tabucchi « Notturno Indiano ».
『イタリア広場』の読後、ぜひ他の作品を、と手に取った。
インドのホテル、夜と眠りを録したエッセイのような文体。
主人公が知人を追ってインドに来ていると、読み進めてゆくと知るが、
その手がかりも薄いままページは終わりにさしかかってから、
物語は、線先が平面から浮き上がって思わぬ方向にかしげ、終わる。

『イタリア広場』と同様、流れは省略が効いて、
その間を埋める想像力が抒情を生む。
ここに物語性が一本加えられ、もう云うことはない。

10.4.11

反原発デモに行ってみた

四月十日の十三時から、芝公園から大手町駅までを反原発デモがあるとtwitterで知った( http://410nonuke.tumblr.com/ )。同じ都内の高円寺ほか、札幌、鎌倉、名古屋、富山、京都、広島、沖縄、そして海外各地で同様のデモ。同日ではないか集会もあるという。

原発反対と考えていながら何もしないのでは口先だけの御仁になるし、権力に「声なき多数は支持」と都合よく解釈されかねない。それは厭なので(それだけの理由だが)、思いつきの飛び込み参加をした。

せっかくの好天、花見もかねた。増上寺の桜は美しかった。木々の緑と桜花を鐘ごしに観ると、視界は狭くなるが、人の混雑も隠れて良かった。

日本能率協会と正則高校の脇にある芝公園の一角が集合場所との情報だったので、そちらへ向かう。地下鉄に乗り込んだときから、旗竿を持った人や原子力マークのマスクをした人がいて、そのしっぽに着いていけばよかった。集合場所は人だかりと、たっぷりの警官がいた。

労組や市民団体の幟があったほか、関心の高そうなおばさん連中、女子大生なんかは、自分と同様にネットで見て、というおもむきだった。比率としては半分ずつぐらいだったのではないか。自分も何も考えていなかったので、約五キロの行程を歩くのに革靴だったし、もちろん手ぶらだった。「原発をとめよう」というシンプルなA3の紙を配っていたので、それを持って歩いた。自分は列の後半にいたようだった。スピーカーごしのかけ声はあったりなかったりで、巧い下手があった。丁寧に声出しをしている人もそうでない人もいた。素人の寄り合いのエリアにいたのだろう。だから、変に気疲れせずに済んだ。集まった人数は主催団体「フクロウの会」発表で2,500人。

晩八時前、デモに行ったことも忘れてぼんやりテレビを観ていた。選挙速報が始まると、そういえばとにわかに気が急いた。当確の一発目で石原が出たときは、日曜の夜のくつろぎをぶちこわそうとする下劣で悪趣味な茶番が始まったのかと思った。福井県知選も原発推進派の現職が早々に当確。何も変わらない結果に、思考停止した日本はもう変わらないと失望した。

スチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』、魯迅「阿Q正伝」「狂人日記」「孔乙己」

・スチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』

以前に読んだ『僕はマゼランと旅した』と同様、シカゴをめぐる短篇連作。
ただ前者のほうがストーリー性はあるし、記憶に残っている。
でも、シカゴのあちこちを連写した小説、とでもいうような短篇らしさ、詩的さがあった。
構成もそうで、短篇に掌篇が互いに挟み込まれるようになっている。
ある都市の風景というのは、土地の気質あってこそだ。
高級住宅地から工業地帯まで、断片の寄せ集めであっても、
同じ街だから交流があり、それが織り込まれて様々な様相を見せれば、
一般化なんてされていない個別エピソードの連作が、
一つの街の気質として、ずっしりと読後感が残る。
「俺、美に心酔しちゃうなあ!」とわめいてさんざんいじられるディージョも(「荒廃地域」)、
上階の住人のピアノに聞き惚れる主人公も(「冬のショパン」)、
そういった意味で、連写が偶然にスナップに残した一景、という印象。


・魯迅「阿Q正伝」

中学三年生のころ、よくわからないながら読んで、
登場人物の阿呆っぽさと、描かれる時代の不穏な空気だけが印象に残った。
これではいけないと、十年弱ぶりに読み返した。
どれだけバカにされても自尊心高々にご機嫌な阿Qが、
列強に分断される末期の清朝の寓意だと、
これは長池での丸川哲史先生の謂いだが、
書き出しから長く続く阿Qについての描写は、
面白おかしく書いている裏で、かなり丁寧にそれを示している。
阿Qが革命で処刑された後は、何にも変わらない大衆の愚かな無関心で擱筆。
この魯迅の問題意識はそのまま、閉塞して窒息しかかってなお無言の日本人に対しても
繋がらざるを得ないのではないか。
孫文後に軍閥の割拠した中国は、財閥の割拠する現代日本と相似していないか。
こういうふうに、常に現代と引き寄せて考えることのできる、
内容ではなく型(タイプ)を提供できる小説って、好きだ。


・魯迅「狂人日記」

中国最初の近代小説とされる作品。
被害妄想から、更には自分が喰われるのではないかと怯える主人公の手記の形式。
この民衆批判も、可能性としてはタイプ提供の小説だ。
だが、魯迅が直接批判しているのは、中国の民衆だ。
身の回りのみ見て保身にひた走り、市民(国民)にならない民衆、
と云ってしまえば型にはめ過ぎかもしれないけれど、
そうした者の陥りがちな疑心暗鬼を先鋭化されて提示したような作品だと思った。


・魯迅「孔乙己」

長衣を来た読書人でありながら科挙制度の秀才の試験にも受かっていない孔乙己。
そのあだ名自体が、習字の練習のための決まり文句の一部分というから寓意的。
科挙制度を俎上に載せて批判した作品だと解されるらしい。
けれども自分は、民衆の描き方、魯迅の民衆批判が、印象的だった。
阿Qと同じく孔乙己も変わり者として、ちょっと目立ってはすぐに消え、忘れ去られる。
そんな、暗くて救い難い世界に巣食っている全近代の無教育な連中、という感じがする。

28.3.11

島田雅彦『天国が降ってくる』

物語は堕罪府(太宰府か)の、栄華を極めた末に落ちぶれた葦原一家。
太宰府の出自や葦原中国を思わせる名字は神話の日本を思わせる。
例えば、父親・美男は、葦原醜男(大国主)さながらの名前。
真理男は最後に言葉を能記と所記で別々に意識し、生きたために、
とうとう言葉の発露そのもののようなコンピュータになってしまう。
これは言代主の寓意なのだろうか。

だが、だから何だというのだろう。
物語の登場人物の名前を神話から採ると、物語そのものがどうであれ、
神話の寓意あるいは風刺として読まれざるを得なくなる。
神話の物語は細部や感情を削ぎ落とされ、あくまで 叙事的であるために、
寓意の元ネタとしてはかなりの自由度で可変可能なのではないか。
東京に舞台を移しても、ダブリンを描いても、
語りそのものだけでなく深層の神話との二重性で読まれてしまうのだ。
神話との重ね合わせが意味を反響させあう面白さもまた文学だが、
この作品はそういうものではない気がする。
ストーリーは現代にぽっと出てくるには異形だけれども、
でも神話というような創造的な機能とは正反対なのだ。
結局、何を書きたかったんだろう? 血の因果か、言葉の破天荒か?

意味を気にするような文学ではないのだろう。
そうすると、極限までエゴの肥大した主人公が、
まるでメーターが針を振り切って毀れるように、
意識を乗せる言葉そのものを暴走させる物語、とでも要約すればよいか。

22.3.11

鹿島田真希『ピカルディーの三度』

好きということやその他の愛憎をめぐる短篇集。
自分としては、「万華鏡スケッチ」の細部ばかり輝く語り方が面白かった。
他は、いかにも新人作家の短篇集、という感じ。

20.3.11

カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』

イシグロの回想的な文体には一つの明確なテーマに沿って組み立てられた語りと、
もう若くない語り手の静謐さがある、そう思っていた。
そうした先入観があったから、読み始めて違和感があった。

まず、テーマがなかなか見えてこない。漠然と道筋の定まらない感覚があった。
まず、イギリスの田舎の現在と、回想される長崎の保守色の落差だし、
主人公の悦子に対する、佐知子の圧倒的な立ち位置の違いにもなる。
会話では共鳴のない不協和音も痛く響く。

だが途中から、かなり大きな物語を包んで、種々の対比から一本の筋道が見えてくる。
どう幸せになるか、自分の意思を貫くか、というテーマが。
それが現実や絆のしがらみでもがく、物語全体を包む暗さが、回想にしては重かった。

作家カズオ・イシグロは石黒一雄ではない。
だがこの暗さ、敗戦後の長崎の時代の空気と風潮、
この、どうしようもないまま日本的と結局呼ぶものの描写が、
とても日本文学の一作品に思われた。
おそらくこの小説の描写するテーマが描かれる時代を下れば、
そのまま『円陣を組む女たち』になるだろう。

15.3.11

アントニオ・タブッキ『イタリア広場』

ファシスト、第二次大戦、レジスタンス、民主化、労働運動──
物語はイタリア激動の時代を貫き、
タイトルであるイタリア広場での出来事がそれを象徴する。
ただし、時代背景の説明は極力まで切り詰められ、
世界史の一般常識を欠いてはおそらく漠然として分からないだろう。

エピソードの堆積は『百年の孤独』と同じように家系図で纏め上げられている。
だが、饒舌ではない。むしろ、一つ一つ語っては黙り込むように、
ほんの短い物語の羅列が、大きな一本の物語の進行となっている。
とてもゆっくりだし、断片的で、その一つ一つが寓話のよう。
叙述が無駄な時間を越え、描写はほんの一言二言までに短く、
それがとても豊かなイメージを生む。
これはすごい、と思った。

2.3.11

井上ひさし『一週間』

500ページ超の長篇、しかも井上ひさしの最期の作品。
言葉遊びも豊潤、読みやすくて、一週間もかからなかった。
章だてごとに、前章までの内容をわずかに復習するあたり、
「小説新潮」連載のまま手直しできずに亡くなったためだろう。
他、日本人の堪能なロシア人がぞろぞろ出てくるといった設定を除けば、
舞台装置もストーリーも面白いし、飽きさせない。
何より、背景や設定のために一時代の新聞を全部読んでしまうほど周到だから、
仕入れた智識はぶちまけんばかりにつぎ込まれている。
そのなかには知るところや知らなかったことが多々あって、
個人的には、それも興味深かった。

井上ひさしには、東北大経済学部での講演会で拝見したことがある。
魯迅の話を即興で(!)されていて、
『吉里吉里人』を読んだ中学生の頃から感じていた博識の印象を強めた。
『一週間』にも魯迅がちょっとだけ出てくる。
太平洋戦争でのぼろぼろの敗戦の原因を
無脳そのものと化した当時の日本の指導者に帰するのは、
『戦艦大和の最期』の吉田満から伊東乾まで幅広いが、
井上ひさしの場合はそれに加えて、特権階級や悪政への糾弾と、
民衆への暖かいまなざしがたっぷりと加わる。
そして、シベリア抑留を描きつつもコミカルな文体。
この文体だからこそ、井上ひさしらしく毅然と論壇に立てたんだろう。
あらためて、合掌。

シベリア抑留の際に(日本人将校による)関東軍が(日本人)捕虜に
収容所内圧政を強いていたこと、これは知らなかった。
井上ひさしだから誇張はあるかもしれないが、
こうも大胆に持ち出せる設定とは思えない。
鍵となるレーニンの手紙に書かれた秘密だって事実なのだし。
満州国のソ連軍占拠時、ゴリゴリの天皇主義者が掌を返したように
共産主義者になったという変わり身の早さは、よく聞くところだ。

28.2.11

大澤信亮『神的批評』

宮沢賢治、柳田國男、柄谷行人、北大路魯山人を切り口に、
倫理、理論、言葉、殺生、をそれぞれ問う。
ジャンルとしては批評の形を取っているけれど、
あまりに立ち位置を切り詰めるが如き内省の鋭さが光る。
私がその批評眼に強く傾倒していた柄谷行人のような。
たとえば、次のような。
私たちは柳田のこの転倒を再度回転させなければならない。それらが悪だからではない。そのような定式に押し込めて叩くことが批評ではないからだ。(p.133)
考えるフリをして定石を追い、自分の言葉を喋っているように思いながら
実は他人の言葉の相似形を喋らされているにすぎない
無数の"批評家"(コメンテーター、ブロガー、ツイッター)との華麗な訣別。
だから我が身の立ち位置と日常の退屈を危うくさせる言葉がある。
心してページを開くべし。

著者自身、柄谷行人にハマっていたころがあったのだろうと思い、
実際そのように告白される部分があった。
例えば『マルクスその可能性の中心』の雑誌版との相違は初めて知った。
「柄谷行人論」は、身を捩って断つような、すさまじい理論の戦いがある。
その中で、意識や他者性があまりに際の論理として立ち現れ、
私のような素人には晦渋だった。

柳田國男論である「私小説的労働と協働──柳田國男と神の言語」を、
私はもっとも興味深く読んだ。特に前半を。
後半はルソーや仮名序、言霊思想的なウタ論に収束した。
小林秀雄を援用しながら、他者と自己との関連を述べた箇所は圧巻。
この認識は決定的である。私たちは孤立しているどころか、無意識に「固く手を握り合ってい」る。何の力によって。共同体を分解した資本の力によって。これは考えてみれば当然のことだ。私たちの生活は顔も知らない誰かによって支えられている。おそらく私たちは、地球の歴史上、かつてないほど濃密な共働作業をしている生き物なのだ。(p.136)
私小説批判のため私の絶対性を相対化させるべきとばかり考えていた私にとって、
そもそも私をしがらみだらけの存在へと転換させた柳田の、
この思考を私小説批判にまで拡張した著者の、
そして、こうした驚くべき批評から見えた結論が
じつは当たり前であるとわかったときの浄化作用的な驚き。

「批評と殺生──北大路魯山人」の冒頭では、
生きるために殺すという人間のやるせなさが絞るように語られたかと、
いきなり鴨南蛮そばを喰うエピソードへと飛ぶ。
そのときちょうど台場にいたので、
四谷に戻りがてら一茶庵系のそば屋を探しまくった。

19.2.11

原武史『沿線風景』

読書日記としての雑誌連載が元とは、誰も思うまい。
電車やバスの旅の感想から連想して、申し訳程度に新刊本が紹介されるだけだ。
だから、タイトルどおりの本として読む。
22の経路を辿りながら回顧や考証をし、たいていの回ではそばを喰う。
読み物としてあっという間に読めて、面白かった。
団地に生まれ育った筆者らしく、西武新宿線に好意的だ。
堤清二=辻井喬の進歩性と、不破哲三なども住んだひばりケ丘が重ねられ、
団地に住んだ人々が団地を共産圏的にユートピア的に捉えていたろうと回顧される。
古い古い60-70年代の記憶だ。
敗戦色に彩られて迷走する1940年代前半が
40年前の日露戦争の栄光に思いを馳せるくらい古い。

藤森照信『建築史的モンダイ』の概略(p.138-139)は興味深かった。
宗教建築は基本的に縦長になるが、
東アジアでは堂宇だけは住宅洋式に倣って横長である、という指摘。
確かに、例はすぐにでも思い浮かぶ。
寺社の参道、奥の院、前方後円墳、謁見ルート、…。
どれも縦長で、奥に神々しく控えるものがある。

日光の回で、幕末の尊王の気運が14代将軍の頃から発露があったとあり驚かされた。
徳川家は大行列を組んで上洛しすることで、天皇に対する優位を示していた。
家光の頃、将軍家は籠の中で姿を見せないことで畏敬されたというが、
家茂は積極的に姿をさらしたのだという。明らかに人気の凋落だろう。
また、日光には明治期から御用邸があって、
今は記念公園となっているらしい。
日光が徳川家だけでなく天皇家にも関わりがあるとは知らなかった。

多和田葉子『ゴットハルト鉄道』

表題作、「無精卵」、「隅田川の皺男」の三作を収める。講談社文芸文庫。

ストーリーはまぁ充分におもしろい。
高校時代に芥川賞受賞作「犬婿入り」を読んだときは、
民俗的な霊異記じみたストーリー仕立てが印象的だった。
『親指Pの修業時代』なんかも、物語設定で有名だろう。
だが本作ではむしろ、文体を楽しんだ。

概して、文章の流れが物語を率先してひっぱる小説はおもしろい。しかも、それが読ませるのだ。譬喩の捉えどころがとても心地よい。

その東京は、新宿の高層ビルの上から見たのとは全く違っていて、家やビルではなく、襞からできているのだった。こまかい襞がさざなみのようにどこまでも続き、その模様は海の方角に向かってだんだんに形をくずし、最後には東京湾に流れ込んでいた。それは皺のある顔の皮膚の表面を拡大してみた写真のようでもあった。東京は老人の顔のような町だったのか、[…](p.172-173)

こんなふうな優雅な展開がいたるところにある。

ベルクさんの解説が、口をきかない運転手たちの世界にわたしの心を結び付けそうになる。その結び付きは、嘘でもある。運転手たちの生活は、言葉ではできていないのだから。わたしの生活は、言葉でできている。わたしには運転手は絶対に理解できない。でも、運転手の生活は本当に言葉でできていないのかどうか。言葉でできていないものが、この世の中にあるのかどうか。(p.16-17)

それでも、内容そのものをみればありがちな普遍論争だ。
唯名論、言語化。
目の前のさまざまが言葉に覆われているのはわかるが、
同じくらい数字にも支配されている。
あまりに数字に寄った領分では、言葉はうっすらとしている。そう感じる。
言葉が精密でないのと同じように、
数字も完璧ではない(科学・技術万能時代だが)。
それは10進法という便宜をいまだ引きずっている算法にはじまり、
無理数の桁の遥かなさいはてへ続いている。

11.2.11

J.M.クッツェー『恥辱』

教え子と関係を持ったために破滅した元教授の物語、ではなかった。
そのなりゆきは全体の1/3ほどで、残るはすべてもがくような苦悩。
追われるように街を出て娘の経営する田舎の農園へ行き、
そこでの血の論理を納得できないまま、非寛容に身を任せて破滅してゆく。
脱せない堂々巡りが思索するような閉塞、自虐の文体が、
タイトルそのままに"恥辱"だ。

文学と女に情熱があり、俯瞰するような批評眼が逆に頑な態度を生む。
その周囲との軋轢で、みるみるうちに堕落してゆく。
そして最後は、犬を安楽死させる仕事に束の間の安住を見出だす。

田舎の一地方でヒッピー的な農園生活を営む
娘のルーシーをめぐる顛末が興味深かった。
アパルトヘイト撤廃前後の混乱した南アフリカで、
治安の秩序は警察権ではなくムラ社会的な血縁関係で保たれる。
先祖帰りのように農園生活に入ったルーシーが、
そのような後見のないまま、突然の掠奪とレイプに現実を見せつけられ、
やがては子を孕んだまま欲しない血縁関係で生き延びようとする。
やがて全体像が見えてくる"反近代的な"論理には、読んでいて救いがない。

クッツェーの文体はさらっとして、
それでいて描写されるのはおよそ理不尽な暴力や圧力だ。
あまりに恩情を欠いた展開の徹底性は、
暴力と隣り合わせの国の乾いた風土、そしてクッツェーの鋭い批判精神だ。

8.2.11

鹿島田真希『女の庭』

「女の庭」「嫁入り前」の短篇二作を収める。
どちらも材は女性性について。

「女の庭」…主婦の倦怠とその欺き合いとしての井戸端会議の話。
隣室に越してきた外国人ナオミを自分と照らし合わせ貶めることで、
逆に、下卑た自分の耐え難い凡庸と生き様を浮かび上がらせる。
息つかせない語りの飛翔感が良い。
一見ありきたりな言説でも、自らの発言になっていて、肉があった。
凡庸になってしまった悲劇、というプロットであればと
「主婦」を「会社員」「社会人」と読み替えてみた。
日々の怠惰な生活に没し、平凡な身の上で、主体性がない、
そんなありふれた存在の嘆きなのだ、と(男の私にも)理解できた。
だが、最後のオチは結論へ早急に思われた。
『六〇〇〇度の愛』と同じオチで、
劇的な生を実直さが超越する、とでもいえばよいか。
おそらく中年期の最初に通過する道なのだろう。
が、私にはまだ哀しく感じられる。

「嫁入り前」…男女、堅い柔らかい、の対がいくつも寓意になり、
ストーリーともいえないストーリーが進む。
雄弁と無口、処女と娼婦、親と子、なども巻き込まれてゆき、
気の利いた象徴の羅列のように読んだ。

7.2.11

ポール・オースター『オラクル・ナイト』

物語内物語という技巧を多用するオースター作品でも、
四重という本作は凄まじい。
瀕死の病から生還した小説家シドニー・オアが小説を書き始める第一層。
その小説のストーリー。さらにそこでモチーフにされる第三層目
(これが『オラクル・ナイト』という題の出自だ)。
そして、次第に明らかになる未来軸が四つ目だ。
この絡みあいというより、その全体の指向と解釈が変容するというのが、
本作の最大の面白みだった。
だから、ポルトガル製の青いノートを解釈しても、
登場人物の役割と象徴を物語内に当て込んでも、あまり意味はない。
この構成的な作品を解釈するのであれば、その構成のプロトタイプを見出すべき。
ストーリーの内容ではなく、ストーリーの変容とリズムを。
そう、まさに音楽的なのだ。「形式」的といってもよい。
主題の変容はソナタ形式的だし、語りの自由度は狂詩曲的だ。

『幻影の書』と同じように、問題とされるのは時間軸だ。
物語を時系列ではなく位相の多重性で語ることで、
物語は初めて時間軸の不可逆性に対抗できる。
位相には回想や予想といった思考上の時空越えも含まれるが、
それを拡張し、一つの物語そのものを閉じ込めてその要約を抽出する。
これが濃密なストーリー性と面白さの原点であり、オースターの文体だろう。
とにかく多くの情報がリアリティとしてつぎ込まれ、
どれが伏線となって再び立ち現れるかなんてわからない。
私の好きなプロコフィエフのピアノ協奏曲第三番の
第一楽章の序盤のクラリネットのように、
突然現れて消え、突然現れてまたたく間に座を占める。

オースターの書き口はテンポがよく、即興語りのようですらある。
退屈な描写が延々と続くより先に、行為と心的描写と会話が
楔のように次々と打ち込まれ、問題は解決され提起されながら、
大きな物語が知らぬ間に構成されているのだ。
飽きさせない。嘆息が尽きない。

4.2.11

小川国夫『アポロンの島』

この本をはじめ、小川国夫はなかなか手に入りにくい。
いまは講談社文芸文庫に入っているが、
高校の頃から、かつて出ては版の絶えた文庫の古本を、
主に茶屋町で漁り探しては見つけられずにいた。
審美社版の函入りを幸運にも入手した経緯は忘れたが、
読了はようやくのこと。

「短篇連作」集。四つの短篇連作を収め、
表題作とその他いくつかは柚木浩の旅路のつれづれだ。
若い旅というものの淡い味わいが控えめな文体で綴られ、
あまりに譬喩が巧い。
淡い叙情が物語を繋いで進む文体は、詩であるといってよい。
何のことのない旅中の交流が、旅という夢の一形式に織り込まれて、
さらにそれを、イタリア、ギリシャのゆっくりした海の雰囲気が溶かす。

気に入った箇所を引く──
 彼が島の集会場になっている、港の広場へ帰った時、陽はうすついていた。彼はレストランでコーヒーを註文して、海に向って坐っていた。スイスの女の子が三人斜め前にいた。三人とも思い思いのことをしていたが、一緒にいる安心感を持ち合わせていた。浩は、自分にひとを羨ましがらせるような瞬間があったろうか、とフト考えたが、ない、と思った。いつかわからないが、ひとを羨ましがらせた瞬間があったのではないか……、お互い様なんだ、と彼は思おうとした。(p.100)

同じ著者の『試みの岸』は高校時に読んだが、
同じ海でも日本海のようなその猛りを、
馬の群れに譬えていた、そんなような記憶がある。

他の連作では、
「エリコへ下る道」はエルサレムらしい土ぼこりの道と、
それと同じくらい乾いた宗教問答的な素朴な対話が印象的。
「動員時代」は作家の静岡での旧制中学時代で、まさに青いが、
敗戦色濃い雰囲気もわずかながら感じた。

31.1.11

サミュエル・ベケット『モロイ』

原書(フランス語版)も用意していたのだが、
結局はあまり参照せず、邦訳のみを読み進めることになった。
だが、この本において原書は一つではない。
ベケットはアイルランド生まれの英語話者で、
フランスに籠って本作をフランス語で書いた。
物語にはパロディと洒落が散りばめられながら進むが、
その豊潤さは英語とフランス語の二刀流だ。

第一部ではモロイが語り、第二部ではモランが話す。
Molloyと[Jacques] Moran、英語名とフランス語名。
モロイは母を尋ね、モランはモロイを探す。
モランを探すよう指示したユーディYoudiはエホバ、
その言伝てのゲイバーGaberはガブリエルから来ているとも。
また、途中に出てきた医者のピィPyは、
註釈では「おしゃべりな」「信心深い」という形容詞pieを繋げていたが、
私は教皇名のピウス(フランス語読みではピィPie)を連想した。
モランは信心深くて聖餐を戴くことにこだわるし、
帰路ではマンナの降ることを考えたりする。
一方、アンブロワーズ神父が生臭だったり、
巡礼先が妊娠して結婚したマリア像だったりする。

名称に暗示された意味から物語を読むのは、
極度に削ぎ落とされたストーリーが重層に富んで読み解き易くなりうる一方、
作品そのものの見地を軽視し制限してしまう危険があるように思う。
『ゴドーを待ちながら』でも、ゴドーGodotは神Godであり
舞台中心の枯れ木は十字架である、という解釈は魅力的だ。
でも、それだけだろうか?

作品自体はわけがわからない。
第一部は平板で退屈でさえあるし、前後関係も意図も行為もちぎれまくっている。
だが第二部は、(報告書なだけあって)まとまっている。
それが随所々々で、第一部を受けていることに気づく。
そしてゆっくりと、物語が両部であちこち円環していることに気づくわけ。
それは、モロイが母の部屋に住まいながら母を捜しに出るような、
一方的な矢印の、その複数形だ。
動機はない。考察はあれど決定打はない。
格子窓から見える月の移動についての考察(p.54-55)において、それは象徴的だ。
結論が「だがこんな場合に右だの左だのと言えるものだろうか」と、
最後には考えることを抛棄するのだ。
残るは、思考から閉め出された支離滅裂の行為と結果のみ。
その意味するものは何なのか? これがベケットの暗さと不可解性だと思う。

ソフォクレス『オイディプス王』に似て、
無限の解釈の余地のある図形を提示しているようだ。
だが、それはたった一つではない。
どこの連関を拾って繋げても図形になるからこそ面白いし、
何度読んでも発見がありそうだ。
でも、正直云って、この作品は読むこと自体が疲れる(笑)

28.1.11

吉田浩太『ユリ子のアロマ』

においを主題に採った映画ということで、
主人公はアロマサロンで働き、お相手の高校生は剣道部という、
においからの舞台連想としては安直に思った。
だが、嗅覚という普段意識しない評価軸が持ち出されることで、
汗臭さが魅惑的な個人識別に変じ、
アイドル的存在の女の子が香水臭いと一蹴される、
その思いがけなさはあった。
徹也(染谷将太)の自身なさそうにうつむきがちな演技が
思春期の高校生っぽくて良かった反面、
みほ(木嶋のりこ)のアホ女子高生っぷりがステレオタイプすぎると思う。

BGMの引かれ方と舞台の整いはテレビドラマ的で興醒めなときがあった。
映画は日常に溶けていながらもカメラと編集によって沸き起こるものであってほしいから、
舞台が主題以外を明快に斬り捨てているというのはちょっと…。
それが一般受けする映画ということになるのだろうけれども。
ただ、廃墟内でユリ子(江口のりこ)が徹也の頭を嗅ぐ逆光の場面は
ユリ子の動きがスクリーン全体の明度のゆらぎとなって、美しかった。
あと、最後にゆっくり結ばれるシーン、まわりの小物すべてが馥郁と香って好かった。
この映画の最大の魅力は、やはり嗅覚の動員に尽きる。

25.1.11

仙台で得たフランス文学的収穫(メモ)

2年ぶりに"帰仙"した。


そのときに聞いて印象深かった内容のメモ:

・駄作を出す勇気。
・1本のホームランより10本のヒット。
・2本の時制を並列して描写すれば、ノスタルジックな叙情性が生まれる。
  (e.g.ネルヴァル、プルースト)


ブルトン『ナジャ』の最後の一文« La beauté sera CONVULSIVE ou ne sera pas.» が、
どうして邦訳のようになるかも解決した。
« ne sera pas. » は、ce ne sera pas convulsive. ではなく、
la beauté ne sera pas. つまり ça n'existe pas. だとのこと。
これはひとえに、私のフランス語力の不足による。

18.1.11

カズオ・イシグロ『日の名残り』

両大戦間期に敗戦国ドイツとの関係を模索し
宥和主義者として失脚したダーリントン卿に仕え、
使用人を多く抱えて日々の仕事や重要な会議を担ったかつてと、
屋敷がアメリカ人富豪ファラディの手に渡って
召使いがたった二人となった現在。
すでに失われた過去の輝かしい日々の忙しさは、
しばしば持ち出される現在の様子との
対比と推移によって自然と鮮やぐ。

また、執事という仕事に誇りを持って
文字どおり休みなく窮理に努める主人公と、
仕事を十全にこなしながらも
個人的な立場や感受性も尊重するミス・ケントンと、
この対比とゆえの対立も、多く描かれる。
ミス・ケントンとのエピソードはほぼどれも、
「仕事」というものへの捉え方や考え方をめぐる相違だ。
これは、世代の新旧ともいえようし、
執事という失われつつある職業観ともいえるかもしれない。

終盤、ミス・ケントンと語る中で出てくる
「あとに残るもの」についてのくだりは、
この対比の要約のようなものだ。
退職と結婚という個人の幸せを求めたミス・ケントンと、
執事の道を極めたといってよいスティーブンスの、
それぞれの人生の夕暮れにさしかかった総括だ。そのあとに何が残るか──。
感動的なのは、お互い親密に業務を遂行しつつ対立の多かった両者が
お互いに認めあって笑いあう場面。

クンデラの小説で登場人物の生成は、
決定的に打ち解け合い得ない各点からなされる。
同一平面上にない以上、止揚はあり得ない。
この小説も同じような登場人物関係だ、と感じた。
仕事一徹のスティーブンスと、今風に云えば
「ワークライフバランス」重視のミス・ケントン。
これは、生きる上で働くことの意味を、そして、どう働くかの意味を、問う。
前者は人口に膾炙しているが、後者はさてどうだろう。

17.1.11

須永秀明『けものがれ、俺らの猿と』

大学二年かそこらの頃の帰阪中、ミッドナイトシアターで観たのが初見。
同題の町田康原作作品はすでに読んでおり、
原作に忠実な作りや、劇画風の色調も相俟って、再び観たいと思っていた。
年末にDVDを買って、今日ようやく久しぶりに観た。
ナンセンスで意味不明なのに鮮明に残る映像が繰り出されるから、
何年を経ても朧げに記憶に残っていた通りだった。
BGMも奇天烈で、作品観によく合っている。

意味をカフカ的に感じても良いけれど、
意味を排した不条理も、ストーリーや前後関係に負う以上、
何らかの意味は常に見出されてしまうからだ。
だから、そこから哲学を引き出すよりは、とにかく笑いに笑うべき作品。
佐志がどんどんとどつぼにはまって、支離滅裂となんとか折り合いをつけようともがく、
その様子がとにかく痛快だし、どのキャラクターも印象的に焼きつく。

16.1.11

金沢旅行

1月8日から2日間の週末、金沢に遊んだ。その旅程のメモ。
書きたい主題は21世紀美術館。


8日午前、羽田空港から飛行機で小松空港へ飛ぶ。
そこからバスで金沢市内へ入り、武蔵ヶ辻で下車。
道脇の残雪はさほど煤汚れず、滴り続ける雪も庇にある。
近江町市場へ入ると、人通りには観光客が多く、露台には蟹が目につくところから、
観光地化した市場と知れるが、他の魚介の値は妥当といったところか。
バイ貝や加賀野菜といった土地柄も覗く。
メギスの団子汁を一杯百円で売っていたので連れとともに頂く。
癖のない白身魚で、身がぷりぷりしていた。
同じ露店売りで地酒の試飲も頂いた。
市場内を一回りしてから、食堂で昼食。
自分は刺身定食を、連れは三色丼を、食す。
近江町市場の名は、近江商人から取られたのかもしれないと憶測する。
地図を見ると、町名には「〜町」と「〜丁」の二通りが残っている。
仙台と同様、前者は町人町、後者は武家町だろう。

近江町を出ると、さっきまで出ていた陽が翳っている。
博労町を通って、丸の内の旧高峰家を観る。
金沢城跡に黒門口より入る。堀にはまだらに氷が張っていた。
公園内には雪が一面に白く、その先に遮る建物はない。
その広い中、消防隊員たちがテントのパイプを組んでいた。
翌々日の北国新聞で、出初め式だったと知る。
遥か向こう山は、おそらく戸室山、医王山。
積もった雪が尾根線に青い筋を引いていた。

公園西側を通り、発掘中の玉泉院跡を右手に、いもり坂を下る。
城壁の他の積み石にぽつんと浮かんだ正六角形の亀甲石が美しかった。
雪をはしゃぎ、道なき道に深い足跡を残したりもした。
三十間長屋のあたりは水浸しだった。
長屋の入口が鳥居の形をしているのは、理由があるんだろうか。

金沢城公園を出て香林坊のホテルに一旦荷物を預け、金沢21世紀美術館へ。
市役所前の木々も雪吊りをして、風情がある。

館内の作品の多くは体験型あるいはその中に入ることができる。
美術館の建物に入る前に地面に突き出た伝声管があるが、
入館前からして早速その作品が象徴していたように今思う。
タレル「ブルー・プラネット・スカイ」(入口には「タレルの部屋」とあった)は
天井に四角く窓の開いた空間。
四方の壁のベンチに座って空を眺めることになる。
雲が流れ、ときに鳥が飛び過ぎて、
思わぬ視覚効果があるという意味でケージの「4'33"」を思わせる。
レアンドロのプールはこの美術館一押しのようだ。
面白いのは、常に水面に波を起こしていること。
だから、水上から見る水面下の人物像と、その逆は、常に異なるわけだ。
最も印象的だった作品は、曽根裕「ホンコン・アイランド/チャイニーズ」。
石で彫られた香港の俯瞰図を取り囲んで、鮮やかな緑の植物の鉢が茂っている。
香港という人口密集地帯を人間の土地として敷衍して考え、
それをちっぽけと感じさせるような緑の繁茂に、芸術家の意図を読み取ることもできよう。
だが私は反射的に、植物たちを夜景と捉えた。
闇が街の輪郭を取り去ってから見える、美しい夜景の無限の広がり、として。
本館外にあった、高嶺格「Good House」には、
「すみか──いつの間にかパッケージ化され、カタログから選んで買わされるモノになってしまった住処を、自分の手に取り戻すことを目指します」
というコピーがついている。
どういう作品かというと、建設中の家さながらで、中に入ることができる。
壁紙が貼られる前の壁はすべて建築資材。そこに貼られた薄い壁紙だけが、
高級な木調や、ポップな子供部屋といった表情を浮かべている。
表皮を剥ぎ取られた家が如何に大量生産的であるか。
それは、どんどん建てられるマンションのチラシの高級感を剥いで実質を晒した。
気持悪いくらいだった。

他の作品も良かった。
文学もそうだが、藝術ってのは、無意識に受け容れている思考枠組みを相対化させてこそだ。
その意味で、この美術館は素晴らしかった。

午后五時頃に出てホテルにチェックインしてから食事先を思案し、
高砂というおでん屋へ行く。
六時半前だがカウンターはすでに埋まっており、
我々が着いて二十分もしないうちに全席が塞がった。
金沢ならではのバイ貝、かに面、また、はんぺんみたいな「ふかし」なる種もあった。

9日、ホテルの朝食で初めて棒茶を飲んだ。美味しかった。
生憎の雨だが、兼六園へ。真弓坂口から入園した。
風もすさび、一つの傘に二人縮こまって入っても袖が濡れた。
どの石塔も形がユニークで面白く、石塔にこんなに種類があると初めて知った。
これは失われつつある多様さかもしれない。
他にも、雁行橋も形状といい、二つの池の水位差を利用した噴水といい、
園内は随所が独創的だった。
(そして、明治初期に建てられた日本武尊の像が、
 加賀藩下の栄華を新政府が差し押さえるかのように威圧的なのが厭らしい)
気候のために駆け足で回らざるを得なかったことが悔やまれる。
きっと、何度行っても新しい発見があるだろう。

蓮池門口から出て、みぞれになった雨の横殴りの下を歩く。
それでも濡れた服を乾かしたくもあって、
石川四高記念文化交流館なるところに入った。
旧制高等学校の世間離れしたバンカラ気質は、
旧浪高理科甲類出身の祖父から聞いていたが、
ストームが市電を止めるほどだとは知らなかった。
「超然主義」の標榜も真剣な悪ふざけみたいだし、
他校の陸上部に出した挑戦状の展示には、思わず笑った。

香林坊アトリオ前で穴水町が牡蠣を振る舞っていたので、頂いた。
肉厚で美味だったが、何ぶん強風と寒さが勝った。
金沢星稜大学のゼミも関わっているらしかった。

国道157号を南下して犀川を渡り、寺町の界隈にある妙立寺へ。
忍者寺の俗称のとおり、多くのからくり仕掛けがすごいとのことで、
見物はガイドツアーに付き従ってとなる。
遠目に二階建ての堂内が、複雑な四階建てとなって、
あちこちに落とし穴や隠し階段が凝らされ、
しかも窮地に陥ったときの自害部屋まで用意されている。
中央の徳川におもねる態度を見せる一方で、
百万石の外様っぷりを死ぬ気で見せつけられた心地がした。

にし茶屋街へ。一路地の小さな界隈だった。資料館を見て出る。
もと来た道を戻るときには、みぞれは雪になっていた。
グリルオーツカという街の洋食屋でハントンライスなるものを食す。
美味しかったがえらいボリュームで、こうと知っていたら大盛りは頼まなかった。

暖まったところで、残りの金沢滞在時間を過ごすため、
尾山神社と長町武家屋敷跡に行った。
門の尖塔がステンドグラスになっていて、とても変わっている。
他は平凡な神社だ。場所と敷地面積から察せられる通り旧社格は官幣社だが、
前田利家を祀っているため別格となる。
武家屋敷跡は本当に武家屋敷が連なっている。
塀や灯籠まで藁で覆っているのは、どうしてなのか、分からずじまいだった。

九谷ミュージアムは九谷焼の店になっていて、しかし種々の色鮮やかな絵柄がよかった。
本当に細やかな描きで、皿とは思えない。
また、あるいは青が際立ち、あるいは黄色が映え、
色付けに自由度があるのが良いと思った。
わかりやすく定式化していない、というのは、
伝統に埋もれ死なないという意味で、良いことだと思う。

山代温泉へ向かうバスを待つ時間で、香林坊大和で棒茶を購った。

12.1.11

スチュアート・ダイベック『僕はマゼランと旅した』

シカゴの汚い掃き溜めのような街をめぐっての、
短篇から中篇を織り交ぜた連作。
どんなに汚く治安の悪い地域でも、
そこの人々の物語が豊饒で生き生きとしていれば文学はある、
そう感じさせられずにはいられなかった。
(柴田元幸のこなれた邦訳も、間違いなく一役買っている)

多くは、その街に生まれ育ったポーランド移民二世ペリー・カツェクの一人称で、
小学校に入る前、小学校、高校卒業時、そして引越し後、と
次第に成長してものの見え方も変わってゆきつつ、短篇が連なる。
読み進めてゆくにつれその構成が見事そのものであることに気づく。
幼少期はとにかくしゃべりたくてたまらないおしゃべりな男の子で、
高校では女の子の話や若気の至りらしい武勇伝と、エネルギッシュな感情の爆発に溢れている。
成長につれ、過去はノスタルジックな色合いを帯びてストーリーに夕の花を添えてゆく。
次第に物語が一本の前後関係に纏め上げられてゆきつつも、
一つ一つの短篇はそのときどきの主題をめぐってコント調に作り上げられている。
例えば「ブルー・ボーイ」はブルー・ボーイを軸とした小学校期の話だし、
「僕たちはしなかった」はまるで、リフレインと脚韻の効いた散文詩だった。

消火栓のせいで水浸しになった道路がいくつかのストーリーに現れ、
物語感の不思議な交差をなしていた。

3.1.11

コレット『青い麦』

原題 « Le Blé en Herbe »。
半世紀以上も前の堀口大學訳だから、
翻訳調の日本語がぎくしゃくして感じられた。
正直いって、新訳ならもっと瑞々しく物語を味わえたかもしれない。

幼なじみの男女という設定から、吉本ばなな『ハネムーン』を思い出した。
そちらでは男女はすでに老成していて、
単に、えらく若い夫婦、というだけだった
(それは措いて面白い小説だったけど)。
『青い麦』は典型的な青春小説で、その期をとうに経て読めば
悩みも相手への覚束なさも紋切り型だ。
それでも、その描写の的確さと若いひたむきさが読ませる。
また、コレットの描く女性は、みな活発さと大胆さが魅力的だ。

フィリップとヴァンカを取り巻いてそれぞれの両親は「影」と表現されている。
主人公だけでなく青春期にとっては文字通り、
大人はみな同じく影のように背後に立つにすぎない存在だからだろう。
ブルターニュでのヴァカンスで目に入るものは、海と自然の雄大な繊細さ、
そしてお互いに意識した感情のみ、ということ。

1.1.11

ジョージ・オーウェル『1984年』

云わずとしれたディストピア小説。
持っていたのになぜか敬遠していたところを、
帰阪に際してようやく読了。
瞠目すべき舞台を息を吐かせない丁寧な描写で、
たいへんに面白い小説だった。
制度の説明は、それのみに完結するのではなく
きちんと物語進行に組み入れられているし、
だからといってどちらかが疎かということはなく、
余すところなく語られていて、イメージに湧く。

新語法という認識論的な情報操作、二重思考による判断停止、歴史の改竄。
これらの徹底されたまさにディストピアな世界は、本当に嫌になる。
そしてこれらは、多かれ少なかれ政治的な事象として現にある。
オーウェル自身が後に無政府主義に走ったように、
統治という行為はすでにそうなのだ。
ただ、それが冷徹までに科学的・方法論的に確立されて硬直した状態こそ、
ディストピアなのだ、ということだ。
そうなる前に、政治はしかるべきように民主的でなければならない。
つまり、人々は政治に失望するのではなく、働きかけなければならない。

第三部、逮捕から拷問での精神的消耗は、虚実、夢うつつが混じり、
同じくディストピアを扱った映画の『未来世紀ブラジル』を思わせた。